王都に行く事を決意する
「あら……あなた、おかえりなさい」
青年の名はオリバーと言った。そして妻の名はカルア。森の近くに住んでいる、若い夫婦であった。
「あ、あなた! どうしたのその子供はっ!」
カルアは驚いていた。当然だ。森に狩りへ向かっていた夫が、なぜか赤子を連れて帰ってきたのだ。驚かないはずがないであろう。
「……森に捨てられていたんだ」
「森に捨てられていた? ……どうしてそんな事が」
「わからない……だが、不思議な魔法の力を放ち、僕を救ってくれたんだ。この子には不思議な力が秘められているのかもしれない」
「不思議な力……。ど、どうするの、その子は?」
「しばらくは家で面倒を見よう……それからどうするか。孤児院にでも預けるか」
孤児院。あまり良い場所ではないと聞いている。表向きは孤児を引き取っている善良な組織ではあるが、その後の扱いは酷いものだという噂がある。まともに職に就くだけのスキルや才能(センス)のある者でもなければ、男子であれば盗賊に身を落とし、女子であれば売春婦に身を落とす事もありうるらしい。
孤児院に行った孤児の未来は決して明るいものではなかった。
「そんな……可哀そうよ。よくわからないけど、その子はあなたの命を救ってくれたんでしょう?」
「あ……ああ。そうなるな」
「だったら、家(うち)で育ててあげましょうよ」
カルアはそう笑顔で言ったのであった。二人は子宝に恵まれなかった。どうやらカルアは遺伝的に子を授かりづらい体質だったようだ。二人は子供を諦めようかとも思っていた。
「——だが、それでいいのか?」
「いいのよ。きっと楽しくなるわ……森に捨てられていたんだもの。何か事情があったにせよ、その両親はこの子の誕生を喜ばしく思っていなかったに違いないわ。だったら私達がこの子の両親になってあげればいいのよ。その方がきっとこの子の為よ。そしてそれは私達の為でもあるの」
「カルア……そうだな。君がそういうなら、そうしようか」
こうしてゼストは子宝に恵まれない夫婦に引き取られる事となったのだ。
◇
「……この子を育てるのはいいんだが、名前はどうするんだ?」
「名前ねー。どうしようかしらね」
子供を育てていくに当たって、やはり名前というものは必須だった。名前を決めなければ、何かと不都合だろう。これは犬や猫を拾ってきて、ペットにする場合だってそうだ。子供を拾ってくる事など、中々にレアなケースであるのは間違いないが。
「あなた……これ見て。この子、首筋にネームプレートが書いてあるわ」
「ああ……本当だ。今まで気づかなかった」
「『ゼスト』って書かれているわ。この子はゼストって言うのね」
「……そうだな。だったらこの子をゼストと呼ぼうじゃないか」
「これからよろしくねー。ゼストちゃん」
カルアはゼストに微笑みかける。まだ赤子であるゼストはただ笑みを浮かべるだけだ。
こうして、血縁こそないものの、育ての両親との生活が始まる事となる。
◇
それから15年の歳月が経とうとしていた。その頃には既にゼストは前世の記憶を完全に取り戻していた。ゼストは1000年前に魔王と闘った勇者パーティーの賢者であったという事。そして、転生の魔法を使用した魔王を追いかけ、自分自身が転生の魔法を使用したという事に。
その頃、ゼストは父であるオリバーと木剣で斬り合っていた。模擬戦闘である。半ばチャンバラ遊びのようなものであった。オリバー自身の剣の筋は良かった。だが、ただの一般男性としては、と言ったところである。
それに、こんな緊張感のない、チャンバラ遊びでは本当の意味での剣の技量は身につかない。血の流れる事ない、模擬戦闘では学べる事などたかが知れている。
15歳になる頃には既にゼストの肉体はオリバーに近づいてきた。そしてこの模擬戦闘でもゼストはオリバーを圧倒しつつあった。流石に圧勝するのも気が引ける為、ある程度、良い試合を装うところはあったが。それができてしまうという事は、それだけお互いの技量差が離れてしまったという事だろう。
「はぁ……はぁっ! だーーーー、負けた、負けた。ゼストは強くなったな。もう父さんでは敵わないよ」
そう言って、オリバーは草原に倒れ込む。相当に息が上がっているようだ。それに対して、ゼストは息ひとつ切らしていなかった。
「……退屈かい? ゼスト」
「いえ……そういうわけでは」
自分をここまで育ててくれた両親には感謝している。血縁のない自分に、本当の子供と変わらない愛を注ぎ込んでくれたのだ。感謝せざるを得ない。
だが、この生活も既に限界のように感じていた。この世界に魔王は転生しているのだ。既に魔王として目覚めているのか、あるいは目覚めていないのか、その辺りのところはわかってはいない。わかっている事はいずれはこの世界に、再び災厄が巻き起こるであろう――という事だった。
その為にゼストは準備をしなければならなかった。再び魔王が目覚めた時、完全に倒し切る事ができるように。前世の自分——賢者アベルの力を超えなければならない。その準備の為に出来る事は、やはりここでは限られていた。育ての両親には申し訳ないが、ここにいられるのももう、限界のようだ。
「お父さん……ここまで育てて頂いたことには感謝しております」
「どうかしたのかい?」
「お父さん……お願いがあります。僕を王都の冒険者学院に通わせてください」
王都アースガルズには冒険者学院という教育機関があった。冒険者学院は将来的には優秀な冒険者を輩出する事を目的とした教育機関だ。そこであるならば、今よりももっと優秀な教育を受ける事が出来る。
今よりも剣の技量を上げる事もできるはずだ。今よりももっと強くなる為には、今いる場所を捨てる決断をゼストはせざるを得なかったのだ。
「そうか……王都の学院に通いたいのか」
「お願いします! お父さん!」
ゼストは深く頭を下げる。
「……そう、頭を下げなくていい。頭を上げなさい」
そう言われ、ゼストは頭を上げた。
「良いよ……言っておいで。ゼスト。君が幼い頃から感じていたんだ。君には特別な力があるってね。君には今いるこの世界では狭すぎるよ」
「で、ですがお父さん……学院に通うにはお金がかかります」
学院に通うには当然のようにそれなりの資金が必要だった。二人は裕福というわけではない。それに、血の繋がっていないゼストをここまで育ててくれたというだけでも十分すぎるのに、まともな教育を受けさせて貰うという事は当然の事だとは到底思えなかった。
「それは当然、お金はかかるさ。だけど僕達は君の事を本当の子供のように思っていてね。子供の為に親が出来る限りの事をしてやりたいと思うのは当然の事だと思うよ」
「ありがとうございます! お父さん! 僕、王都に行ってきます!」
こうしてゼストは育ての親の元を離れ、王都アースガルズの冒険者学院に通う事になった。
王都は今いる田舎からは遠い。通うとは言っても当然のように、今いる家からは通いようはないのだ。
その為、ゼストは学院の寮に入学しなければならなくなる。
――だが、問題なのはその前にゼストは入学試験を受けなければならなかった。冒険者学院は合否による振るい分けはないが、適正によるクラス分けというものが存在した。
この冒険者学院を舞台として、波乱の幕が開けるのであった。
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