森に捨てられ、その後、拾われる

「「「グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」」」


 森に生息している狼の嗅覚は鋭敏であった。人の匂いに釣られて、ゼストの元へと集まってきたのだ。


 狼の群れが捨てられたゼストの周りを囲み始まる。


 当然のように、普通の赤子にどうこうできるような野獣ではない。


 このままゼストは食われる運命にあるかと思われた。


 ――だが、その時であった。


 ガサガサッ。草木が動く音がした。何者かが姿を現したようだ。どうやら、野獣や怪物(モンスター)の類ではなかった。


 人間の青年だった。恐らくは狩人だった。腕には弓を持っている。近隣の住人であろうか。食糧を得に、この森に入ってきたようだ。


「ん? ……なっ、なんだっ! 狼! そ、それになんだその子はっ!」


青年は驚いていた。恐らく、この時、この男は赤子——ゼストを見捨て、一目散に逃げればまだ命の危険はなかった事だろう。


 だがこの青年は心優しかったのだろう。赤子を見捨る事など出来なかった。その場から立ち去ろうとはしなかったのだ。何とかして助けようと思ったのだろう。


 ――だが、その結果、自身の身に危険の火の粉が降り注ぐ事になる。


「「「グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」」」


 狼達が青年に向かって唸り始めた。


「くっ! くそっ!」


 青年は矢を放とうとする。だが――それは無駄な事だ。なぜなら、矢というものは点による攻撃である。おまけに、連射性に優れていない。大勢の敵に対応するのに著しく不利な武器だったのだ。


 この時点で彼に勝機などなかった。出来る事などあるとしたら、赤子を見捨てて逃げる事だけだったであろう。


 我武者羅に放った矢は外れ、その間に一匹の狼が青年に襲い掛かってきた。


「うわああああああああああああああああああああああ!」


 青年は悲鳴を上げる。——だが、森の中には助けに入るような人などいない。一人の赤子を除いて、人っ子一人としてその場にはいなかったのだ。


「だ、だれかっ! だれかっ!」


 青年は助けを求める。無駄な求めとは頭ではわかっているはずだが、危機的状況に気が動転していたのだ。


 このまま青年は息絶えてしまうかと思った。


 ――その時であった。突如、赤子が聖なる光を放ったのだ。見た事もない、魔法の光だ。


「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」


 狼達の断末魔が響いた。


 その聖なる光に飲み込まれ、狼達は瞬く間に消失していってしまったのだ。


「い、一体、なんだ……これは何がどうなったんだ?」


 非現実染みた目の前の出来事を、青年は現実の事として受け止められていない様子だ。

 だが、とりあえずのところとして自分が助かったという事に、青年は安堵の溜息を吐く。


「おぎゃー……おぎゃー」


 赤子の鳴き声が聞こえてきた。


「そうか……君が助けてくれたのか。ありがとう。なんだかよくわからないが、凄い赤ん坊なんだな。で、でもこんな森の中に赤ん坊は」


 赤ん坊——しかも、どういうわけだかはわからないが命を救ってくれた恩人でもある。そんな赤ん坊を森の中に残しておくわけにもいかない。


 青年は赤ん坊——ゼストを家まで持ち帰る事にしたのだ。

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