第18話 6人目・その1

 書記ちゃんが生徒会室に飛び込んできた。期末テストの前日だ。夏休みを直前にして、試験勉強ではなく老人ホームでのボランティア活動のスケジュールを役員数人で見直していたところ、汗だくになって走り込んできた書記ちゃんが俺に声をかける。夏服が眩しい。そういえば勉強会もうやむやになって、夏服になってからはそんなに会っていなかった。


「来て! いいから来て!」


 手を引っ張る力がかなり強い。そういえば全然ボディタッチが無くなったよな、と思うぐらいには関係が微妙になっていた。夏服になる直前に家に呼んで、一回だけあと余計悪化したかもしれない。


「とにかく来て!」


 生徒会室を飛び出して行くが、俺のほうしか見ていない。他の人たちは? とチラッと見たがあっけにとられて動かなさそうだ。

 テスト前日で部活もなく、生徒の数も疎らな廊下を走る。何があったの? と訊くが返事がない。とにかく彼女のあとを付いていくと3年生の教室の扉を開けた。ほとんどこちらのほうに来たことはない。


 教室にはカーテンがかかっており、薄暗い中、男女が二人、ぴったりと寄り添って窓際に座り込んでいた。状況が読めない。一人は藤崎さん、マーチンブーツのケダモノだ。もう一人はアレだ、公園で俺の背中にセメダインをべったりと塗った手を擦り付けて制服をダメにしたアイツだ。3年生だったのか。


「この、状況は?」


 目が慣れてきてよく見ると藤崎さんは後ろ手でガッチリとホールドされ半泣きだ。顔を見られたくないのか俯いている。男が怒鳴る。


「出ていけ!」

「この状況で、さすがに無理です」

「てめえ、ぶっ殺すぞ」


 特に服は乱れていない。未遂か。書記ちゃんが先生を呼ばなかった理由がようやく判った。大ごとにはしたくないよね、これ。


「とりあえず、藤崎さんを放しません?」

「うるせぇ。1年が3年の教室に勝手に入ってくんなよ。いいから失せろ」

「もう無理じゃないですかね、何してたか分かりませんが」

「なに調子くれてんだよお前」


 無視して一歩前に進んだ。

 あーダメか。右ポケットに何か小さい武器入れてる。


「今なら見なかったことにするからさ、。わざわざ先生じゃなくて生徒会を呼んできた彼女に感謝して」

「いいから出ていけ!」

「騒ぐと人増えますよ。今ならこの4人、だけ」


 お得感を出そうとしたら通販番組みたいな言い回しになってしまった。さらに一歩前へ。刺すような目だけがギロリと動く。本気で傷つけるつもりは無さそうだ。


 うん、なにか帰るきっかけが欲しいよね。じゃあさっさと終わらせよう。ちょっとした頭が真っ白になるようなフラッシュバンも必要かな。いつもワンパターンだな、俺。


 その場でしゃがみ込んで膝で詰め寄った。殿中でござる。ござるでござる。


「藤崎さん」


 顔を上げた彼女の表情からはさっきの幼い感じは微塵も見られず、照れとか体裁の悪さを恥じる顔になっている。


「怪我とかしてない?」


 何やら怒鳴る男のほうはガン無視して、キラキラした目で必死に先輩の身を案じる後輩男子を演じる。


「その顔むかつくんだけど」

「やっぱり?」

「そんな殊勝なタマじゃないでしょ、なにす」

「ごめん」


 彼女を遮るようにブレジネフのキスを炸裂させる。1回、2回、3回目は長めに。友愛フラテッロのキス。これであなたも社会主義国の首脳の仲間入りだ。同志藤崎よ!!


 あっけにとられる藤崎さん。男のほうも目の前で起きたことに呆然としている。あー、汗臭いのヤだな。


「ほい、おすそ分け」


 男のほうにディープキスをかます。意外なことに目をつぶりやがった。バカかこいつ。その隙に藤崎さんの腕をつかんでグイッと後ろに送り出した。うわ、インシュロック。ガチ犯罪じゃんコレ。お前は失脚だ。ブレジネフじゃなくてトスカのキスだ。いや、あれはダメだ。登場人物全員死ぬから。


 生まれて初めて「殺すつもりで」キスをした。


 ――あとは結果を御覧じろ。


 おとなしくなった男のベルトを掴みゆっくり立たせ、教室から排除する。藤崎さんのほうを向いて謝ろうとする気配があったので、ガッと尻の穴のあたりを思い切り中指で抉った。これ、油断してると滅茶苦茶痛いはず。


「お前に謝る資格なんて無いよ」


 耳元で囁いて教室から追い出した。何でお前が目を潤ませてんだよ、汗が臭くて気持ち悪い。


「さっさと帰って勉強しろ」


 ドアを閉めて振り返ると、二人が抱き合ってこちらを見ている。不審者を見る目つきで。俺を。


「何で笑ってるの?」


 おっおー。全身が粟立った。



     * * *



「インシュロックで両手を縛られた状態から脱出する方法」はまったく役に立たなかった。あれは非力な女の子じゃ無理。

 書記ちゃんとおうちデートの約束をした途端に「来ちゃった」って家に上がり込んで、風のように貞操を奪って行った無駄に行動的なあのケダモノでも無理だった。


「さっきのキス、やっぱり二人、そうなんだよね」


 やっぱりソコですか。全員同じ穴のムジナだから気にせずやっちゃっいましたけど。でもさ、その前に一言なんかあっても良くない?


「うん」

「えー、その前にこの状況聞いていい?」

「あ、うん」

「呼び出されて告られて拉致られて監禁」


 簡潔だなぁ。……3年生最後の夏休み直前に…だからか。


「で、怪我はないのね?」

「うん、あ、唇が痛い。切れたかも」

「…余裕ですね先輩」

「これは口直しが必要。かなり重症」


 気丈にしてるのが判った。見てて辛い。つい目を逸らしてしまった。それを誤魔化すようにカーテンを開けて窓を開ける。夏の明るさが戻ってくる。


「ハサミかなんか取ってきますね。じゃあごゆっくり」


 眩しそうに目を細める二人を後にして教室を出た。竿姉妹になりたいって、ただそれだけのために好きでもない男と寝るバカ。どんだけ好きなんだか。

 生徒会室の前まで来て、ふと思いついて踵を返した。さっきの教室の隣に入って窓側に抜け、ベランダからこっそり覗き込んだ。

 …まさかとは思ったが、いつぞや見たような光景が。いや、これは犯罪臭しかしない。後ろ手で縛られた状態で膝をついてスカートの中に頭を入れている。口直しってそっちかよ! 書記ちゃんも見たことないぐらい恍惚とした顔をしてる。立場替わってなくね? ドキドキしてきた。もうこれ、俺いらない子だわ…。


 それから生徒会室に戻った。居残っていた役員には痴話喧嘩の仲裁でしたと伝え、まだ時間がかかりそうですと部屋の鍵を預かりハサミを借りた。仲裁にハサミが必要な状況ってどないやねんと思ったが、凹んだ顔をしている俺を見てスルーしてくれた。


 思い返せばもともと俺は邪魔者だったし今も何も変わっていない。空回りすることは多々あったが、あの二人の先輩たちに喜んで欲しい、求められたいという原理で行動してきた。二人に依存している自覚はあったが、気付けば独り。

 依存しすぎて自分が無い癖に、置き去りにされた喪失感だけはしっかりある。残っているのは性欲ぐらいか。求められなくなったらあの男の先輩とさほど変わらない。やっかいだな。



     * * *



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