第14話 実証実験

 担任の勧めで、中学校は越境通学することになった。一度クラスメートと離れたほうが良いでしょう、と言われるぐらいだ。相当な状態になっていたようだがそのへんの記憶がまったくない。親類を頼り、住民票だけ移して郊外の中学校の詰襟の制服を着ることになった。

 言わば転校生になるケイに、担任のパンチパーマは一つだけアドバイスをした。一年の最初から生徒会の役員になれ、耳目を集めることに慣れろと。転校生×生徒会の相乗効果で、チート枠に入れるそうだ。何がチートなのか良く分からなかったが、実際なってみるとなるほど、独り知らないサル山に放り込まれたはずが、あっさりと充実した学生生活を送るベルトコンベアに載せられていた。教師の経験則おそるべし。

 要領のいい先輩たちのアドバイスを受けて、一年生の最初から学校生活に役立つ知識を得ることができた。集団生活は情報戦なのだよ、と笑う生徒会長の言葉の意味も、数カ月経つと分かるようになった。


 ただ、最初の中間テストで成績の悪さが露呈した。クラスの真面目くん、実はバカだったと妙に納得されてクラスメートとも下ネタが交わせるような仲になった。生徒会でも噂になり、なぜか書記の先輩がマンツーマンで勉強の仕方を教えてくれた。銀縁メガネで、絵に描いたような生徒会にいそうな女子だった。

 「テストのために勉強するの?」と俺は驚き、先輩は呆れた。そのあたりから自分を覆っていた、幕のようなものが晴れていることに気づいた。だからこそ、こうして思い返すことができるのだが。



     * * *



 ようやく呼吸の仕方を思い出したような瞬間から、いつも考えていたのは、自分の能力を把握する方法だった。分かっているのは、俺がキスをする/されると相手だけ死ぬということだけ。おそらく母も伯母も俺にキスしたんだろう。

 悲壮感はまったく無かった。今思えば、性欲が絶望すら上書きしていた。一番身近にいる、勉強を教えてくれた生徒会の先輩とキスする機会をいつも伺っていた。


 というか、この能力、証明することが難しかった。この日本で、バタバタと人が死んで、誰も疑問を抱かない場所はどこか。


 中学生の頭で思いついたのは「老人ホーム」だった。


 夏休み、自ら生徒会で提案したボランティア活動に参加して自分の能力をこっそり「検証した」のだ。ボランティア期間を終えた後も、自主的に月一ぐらいで訪問し、顔を繋いで経過を追った。生徒会役員というワードはどこへ行っても微笑ましく受け止められ、それを存分に利用した。病院のスタッフは、将来医者になりたいと言えば共に戦う仲間のように扱ってくれた。好意を持ってくれている人たちを騙しているという罪悪感は残った。


 ただ、結果は散々だった。21名に試して、それらしき結果を得られたのはたったの7名のみ。というのも、ボランティアで行ったのは老人ホームではなく、老人向けの「病院」だったのだ。


 病院では、入院の規定日数を超えるとその診療報酬が一気に引き下げられる。病院はそんな患者ばかりでベッドが埋まると儲けが出ない。患者とその家族は担当医から転院を迫られて別の病院を探し、近郊の似たような施設に転院する。思いのほか転院や退所が多く、1/3が追跡できずに行方不明になった。

 また、一カ月以内に亡くなった3名は既に末期患者であり、ほか3名も持病悪化によるもの、残りは自殺だった。


 その一人が自分のことをスージーと呼ぶお婆ちゃんだった。この検証で唯一キス人だ。その人が印象的だった。出会いからして衝撃的だった。


「精通もまだな子はこんなところに来ちゃいけないわ」


 細い手でガシッと肩を掴まれて大げさに嘆かれた。彼女にとってここは娼館か娼窟らしく、自分がそのナンバーワンだと信じていた。長い白髪を淡いオレンジ色に染め、ヒッピーバンドをしていた。薄手の白いサマードレスにビーズネックレスをたくさん下げたその姿は花を振りまく乙女のように見えなくもなかった。そして、たとえ老婆であっても透けた乳首に目が行くのは男の性のようで、常に彼女に付き添う爺さんどもがいた。のちに俺はこのフワフワしたお婆ちゃんにキスの仕方を教わることになる。

 彼女はフラワーパワーを信じていた。危篤状態に陥った男性のベッドの周りで静かに踊り、白いスイートピーを投げつけた。連絡を受けた家族が駆け付けたころに男性が突然意識を取り戻し、家族との最期の時を穏やかに過ごすさまを多くの人が目の当たりにした。


 何度か通ううちに、よく彼女と話すようになった。あるとき、巫師か何かの家系なのですか? などとふざけた質問をしてみた。


 「私は60年代にロサンゼルスとロンドン、それと幾つかの精神病院を渡り歩いたの」


 女優っぽい口調で切り出した。精神病院もひとつの外国の都市のようだ。


「いくつかのレコーディングに参加したわ。メンバーに言われたの。『スージーのいるところには必ずいい音楽がある。だからいい音楽には君が必要だ』ってね。ただ私はいい音楽を聴くと踊り出しちゃうだけの女なのにね。良い演奏を聴いて、最前列に行って夢中で踊るの。そうするとそのバンドはみるみるうちに大きくなっていくの。誰もが私をただで会場に入れてくれたわ。私、音楽を聴くのにお金を払ったことが無いの」


 なにやら斜め上の回答ではあるが、シャーマンっぽい話だ。


「売れないラジオDJとロンドンに渡ったの。彼はユダヤ人なのに包茎で、それがコンプレックスでユダヤ人であることを隠してたの。

 『だったら私が毎日むいてあげるわ』って言ってあげたの。『だからあなたはPeeled Johnson(ズルムケ)?、いや、John Peelよ』って。

 彼、名前を変えたら一気に有名になったわ。後で他の人から聞かされたけど、イギリス英語だと(おちんちんの皮)って意味にもなるらしくて。彼は、『じゃあ、君はスージー・クリームチーズだ』って酷いの。『君の(股間の)クリームチーズの味が忘れられない』って手紙をアメリカから書いて寄越した男がいたんだけど、その手紙を盗み読んでたのよ。叩き出されたわ」


 彼女は7カ月後、複数の男性に自分のを舐めさせていたところを職員に見つかり、転院させられた。亡くなったのはその直後だった。手違いで開放病棟に移され、あっさりと窓から羽ばたいたらしい。これはニュースで報じられて知った。


 一年後に同じ病院に入院していた追跡対象はたったの7名だった。すべて精神科の患者だった。一カ月あまりでその7名が一気に亡くなる事態になっても、特に話題にもならなかった。院内感染の調査すら入らなかった。

 痴呆患者が亡くなり、その娘が泣きながらも晴れやかに、擦り切れた笑顔で亡骸を見ている。顔見知りの女性が、お葬式を終えたら海外旅行に行くと笑うさまに達成感すら得た。


 ともあれ、このクソ能力に「キスすると一年以内に死ぬ能力」という名を付けよう。そして、死に至るまでの日数を決めるのは俺自身の感情と仮定した。つまり、俺が好きな人とキスすると、相手はすぐ死ぬ。そうでない場合は1年ということだ。これはどうにも試しようがない。とてもやりきれない。



     * * *



*スージー・クリームチーズは60年代の有名なバンドのアルバムに参加していたイマジナリー・メンバーの名前。この子は一体何者だと話題になり、急遽未成年グルーピーの一人をスージーとしてツアーに連れて行ったことから、グルーピーたちのにもなりました。実際に幾つかのアルバムに登場しますが、それぞれ別の女の子。今でいう未通女おぼこい女子高生みたいなアイコンとして登場します。

 ちなみにキャメロン・クロウの映画「あの頃ペニー・レインと」に登場するグルーピーのヒロインは、発掘された60年代のフィルムに偶然写り込んでいた二代目スージー・クリームチーズにそっくりです。

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