第6話 流されプール

 金字塔に名を刻む偉業を成し遂げたこの日、一つだけ悔いが残ったとすれば、このバレッタだ。

 それまで流れるような艶を見せていたくせっ毛だったのが、髪を上げたせいで、生活感のある近所のパーマのおばちゃんに見えてしまったのだ。もちろん、シズが幾つなのか知らないし訊く気もないが。


 すぐさま引き寄せて抱きしめ、互いのぬくもりを全身で確かめ合い、鼻どうしをこすり合わせ、シズに俺の鎖骨を咬ませている間に髪をぐしゃぐしゃにし、バレッタを外して水に沈めてやった。


 水に潜って一気に息を吐き、水底に膝立ちしたまま密着し、窒息するまで胸をパフり、プールサイドに掴まらせて腰を支えて水面に浮かせ、足の指先からその茂みまでゆっくりと堪能した。

足が冷たいと言うので、足の甲を踏ませて竹馬のようにして流れるプールを歩いた。

 寒さが限界に達してきたのでシズをプールサイドに浅く座らせ、執拗に攻めた。電車が通るたびに浮かび上がる裸体をじっくりと目に焼き付けようとする俺にシズは呆れていた。俺の目が夜行性の動物っぽいというので、少し色素が薄くて、淡褐色ヘーゼルって言うらしい、と教えた。



 対面立位は体液が流されてひどく痛かった。後背位だと多少はマシだったが、刺すような冷たい水の中では、触れ合う肌のぬくもりのほうが圧倒的に脊髄を刺激した。結局、プールサイドに座らされた俺は、シズの舌と胸のぬくもりに埋もれてあっけなく果てた。


 フワフワと流され、黒い水面をゆっくり漂い沈んでゆくそれを見て、ジジイの顔が思い浮かんだが、その時すでに賢者だったのでダメージは無かった。水から上がったほうが寒かったので、ほんの申し訳程度にふたりで泳いだ。


「おしっこした?」

「…そういうの、口にするかな」

「口に

「さっき情けない声で『脱いで』とか言ってなかった?」

「うっ、端的に言って最高だったでしょ」

「まあまあ」

「――からの?」

「てえてえ」


 多幸感と全能感とわずかな罪悪感に塗りつぶされた二人は、大声で叫びながら正面ゲートを乗り越えてプールを後にした。


 バレッタは見つからなかったと嘘を付いた。



     * * *


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