第19話
「…落ち着きましたか」
A子の嗚咽がようやく静かになったところで、若い刑事が包むように声をかけた。30分以上もそばに座って、泣き止まない女の聴き取りを試みていた。
「先生が、先生が、、」
鮮血の輪はそのままに、Mの身体は搬送された後だった。
ついでに来たような、退屈そうな顔つきの、鑑識とおぼしき眼鏡の男が、
「だいたい、写真に収めました。血液のサンプルも」
と刑事に耳打ちした。
「ご苦労様です。あの、すいません、お嬢さん、こんな時に…やはり、署でお話うかがえますか」
たどたどしい言葉使いでその若い男はいった。奥から眺めていた年配の刑事が目配せをして、彼に指示していた。
A子はようやく立ち上がり、ひくひくと肩をゆらせながら頷いた。
3か月後……
「いつもの法医の先生に鑑定してもらったら、どうやら勢い余って、床に頭を打ちつけたらしいんだよ。もちろん持って行った。CTも、MRIも。複数回、うちつけるってことは、殺意。え、何?
いや、あのお嬢さんがいうにはね。ガイシャが怒って、殴ろうとしたっていうんだね。変な性癖の奴らしいよ。家には確かにそんなふうな道具がたくさんあった。棘の鞭…思い出すだけでも,きもちわるいや。
うん、確かにガイシャのシャツには争った跡があった。大先生がそういうんだから。まあ、うちとしても…うん、まあ、そうだよ。関係者ではあるけど。娘がガイシャのクリニックで働いていたって。え、何?そんなことできるわけないでしょ。……うん、そこも調べた。息子が自殺したって話だろ。
そうそう、だけどさぁ。
動機がないよ。動機、加害者と被害者、できてたって、うん、みんなそういってたよ。奥さんなくしてからできてたって。いや、その前から…チーフ?とか。わかんないよ。そこらへんは。うん、うん。何人もそういってたよ。
なんで好きな相手、殺すわけよ。
あと3か月で退職なんだから勘弁してよ。定年までいたってさぁ……
そう、そうよ。警備会社の管理部長……このご時世、ありがたいよ。おまえには世話になりっぱなしですまんなぁ」
「ええ、うまくいきました。あいつは大学の同期ですが、昇進試験に受からずの怠け者でして、はい、担当させて。はい、そうです、捜査終了です。便宜上起訴するでしょうけど、3年以下で、A子さんの執行猶予は問題ないかと。いえ、いえ、ありがとうございます。局長のお心遣いには…本部長時代から…はい、何かとお世話になりっぱなしで…」
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