第11話

「先生、クライエントがテレビに…」


<本日、夕方頃、K高校の校門前で傷害事件が発生しました。被害者は同校の校長で首を刃物できられ重傷です。犯人とみられる男は駆け付けた警察官にその場で逮捕されました。逮捕されたのはS…32歳、同校の国語教師で……>


「先生、いったい何が」

昼食の休憩時間、所員のほとんどが食い入るように画面をみつめていた。

「いったい…」

Mはドスンとわざとらしく音をたて、ソファーに座り込んだ。

「…なぜ彼が」

水をうったように静まり返ったその部屋で、誰にも気づかれないようにほくそ笑んでいる人間が一人いた。


翌日、チェスターコートを着た刑事がクリニックを訪れた。先輩、後輩と思しき二人は各々、警察手帳を懐から取り出した。


「捜査照会書について詳しくお伺いしたいと思いまして…」

Mは重い顔つきで、軽く礼をし、二人を診察室に招いた。

「人格に問題があったようで、」


人格。

刑事が発したその言葉を耳にした途端、Mは彼の興味を察知した。

「…幼少期の体験が影響したのでしょうね。必死にこらえていたようですが、突発的に爆発したのかもしれません。普段からうさばらしに野良猫を殺したり…」

「ほう、そんなことが…しかしよくそれで教師なんぞ…」

「代理行動でしょうね。いわば自己修復です」

「じこ、しゅうふく?どういうことですか」

「自分の欠点を克服するために、同じような子供を探して教育することで制御するのです。誰だってよくあるでしょう。ほら、子供に説教しているようで実は自分に言い聞かせている状況」

「なるほど。確かに誰しも思い当たりますな。ところで先生がおっしゃる、同じような子供とは、ひょっとして週刊誌の例の生徒ですか」

「…週刊誌、、まあ、あれは彼のトラウマでしたから。しかしどうでしょう、そうかもしれませんし、」


当初の目論見通り、先輩刑事は専門用語を交えても、途中で立ち止まったりせずMの説明にひとつひとつ頷いていた。

こういう素人は好都合だ。

無論、あの薬に気づく様子はない。Mが自宅で調合し、成分を10倍に強化していたことも。T,Yは攻撃用、T,Zが自殺用、1~4まで濃度をかえてある。彼には最高度を与えた。

「被疑者は、急に怒りが爆発したとかいって、動機をうまく説明できないんですよ。興奮して記憶が飛んだとか。そんな言い方もしています。」

横から若い刑事が付け加えた。

その点については?とでもいうように、先輩がMに目を向けた。


「推測でものをいうのは、ちょっと…」

「先生のご見解でかまいません」

「そうですなぁ。攻撃性が唐突に顕在化したのでしょうかねぇ」

「確かにそういう人格なら。なるほど」

破滅は運命だったのだ。こういう刑事が担当になるということが、彼の命運を決定したのだ。目論見だらけで形成された「犯行の動機」なるものが、勝手に泳いで、地獄へといざなっているのだ。


「刑事さん、よく勉強されていますね。感心しました」

「いえいえ、こちらこそ素人興味で恐縮です」

先輩はほっそり笑って、頭をかいた。

「ところで被疑者が先生に是非面会したいと申しております。まあ、しかしむずかしいですよね、必死にせがむものですから…無理だとつたえておきますよ」


話は概ね済んだというように、若い方が鉛筆のメモ書きを畳む用意をしていた。

「クライエントが、そうですか…うむ、私にも責任があります」

「変にあやをつけられても不快でしょう、必要なら弁護士さんと」

「いえ、伺いますよ」

「そうですか。無理なさらないでください。ついてはもうひとつお願いが…Sが飲んでいる薬を処方していただけないでしょうか。気持ちが落ち着かないようなので」

(処方すれば常用量だ、かりに血液を分析されてもなんの問題もあるまい)

「わかりました。3週分、だしておきましょう。近くに院外薬局があります、そちらで受け取ってください」


その夜、Mは手紙をしたためた。


刑事の来訪から一週間後、Sはトイレで首をつって死んだ。

ドアの取っ手にズボンのベルトをかけ、署員がドアをこじ開けるまでの、わずか数分間、白くなった両手を床に付き、こと切れていた。

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