第10話 制圧

オルランドの屋敷の一室で語り合う二人。ソファーに腰掛けて時が過ぎるのも忘れたかのように。すでに日は暮れている。


「兄上、先に帰ってたんだな。父上が少し話したかったみたいだぜ?」


オルランドはいつも突然入ってくる。


「すまんな。僕の方はもう話すことはない。王国を滅ぼしたら、帝国にももう帰ることはないと思う。」


「そうか……まあ俺の方から会いに行けばいいしな。」


「僕が王国を滅ぼしたら、お前は皇太子になれるか?」


「兄上……なれる。兄上を動かした俺の功績ってことでな。その場合兄上にも王国の領土を恩賞として渡すことも話がついている。」


「そうか。それならいい。いい皇帝になってくれよ。僕には、そんな生き方は、無理だ。」


「ああ。任せてくれ。王国さえ滅ぼせば、その周辺諸国なんて脆いものだ。俺が皇帝になる頃には大陸統一もできるかもな。」


「そうか。お前ならできるさ。きっと……」


それから三人は他愛もない話で深夜まで。この夜こそがオルランドにとって人生最良の瞬間だったかも知れない。




翌朝。屋敷を出発するオリベイラとサンドラ。乗り物はダイヤモンドクリーク皇家の紋章入り馬車だ。一目で皇族が乗っていると分かる。

王国を攻めるのに名目上の総大将はオリベイラだが、実質軍を指揮するのは将軍アキラギアだ。オリベイラ達は将軍と合流すべく向かっているわけだ。





将軍との面会は苛烈だった。彼はいわゆる脳筋と言われるタイプであろう。出会い頭、オリベイラに向かって。


「ダイヤモンドクリークの血を引くならばワシと立ち会え!」


と来たものだ。オリベイラもその方が助かるようで数合ほど剣を交えた。さすがに将軍にまでなる男の剣は重く、勝負は僅差でオリベイラの負け。しかし、将軍は。


「それは紛れもなく宗家無尽流の太刀筋。あなた様を総大将と仰ぎユムネホフ王国の愚か者どもに鉄槌を下してやりましょうぞ!」


陣容は固まり、いよいよ出陣だ。オリベイラ率いる帝国軍本隊がユムネホフ王国の国境に到達するのに約三日。内通している王国貴族も準備を進めている頃だろう。王国中枢への連絡が遅れれば遅れるほど楽に勝てる。


「サンドラ、行ってくる。あなたのために必ず勝つ。」


「私も行くわ。戦場に出る気はないけど、私が役に立つ場面が必ずある。だから……」


「まったく、わがままなお嬢様ですね……それでは一連托生とまいりましょう。」


軍は王国に向けて出発する。山越えルートに比べればかなりの大回りなのだ。





二日と半日でとうとうダイヤモンドクリーク帝国とユムネホフ王国の国境まで進軍した。そこは国境だけあって見事な城壁で隔てられていたが、大軍の前にはあっさり陥落。ついに王国領内へと侵攻していった。




そのころ第三王子ハインツは。


「どういうことだ! なぜ帝国が攻めてくるのだ!」


「わ、分かりません……もしかしてあの庭師は本物だったのでは……?」


「庭師風情が女連れであの山を越えたと申すか! バカな!」


「でもあいつらの痕跡って発見されてねーんだよな? それなら山を越えて帝国まで帰り着いたってことになるわな。」


丞相の三男ラリーガはどこか他人事のように言う。


「ならば、あやつは本物なのか……我らに報復を……」


「殿下! 一刻も早く陛下にご報告申し上げて指示を仰ぎませんと! 王国の危機です!」


「俺は先に行くぜ。魔法部隊を引き連れて迎撃するからな。少しでも時間を稼がないとよ……」


「ラリーガ……すまぬ! 頼んだぞ! クライド! 行くぞ、王宮へ!」


あまりにも後手に回った対応。フランソワの姿が見えないのはどうしたことだろうか。





それからわずか一日後。ユムネホフ王国の王城はダイヤモンドクリーク帝国軍に囲まれていた。ラリーガ率いる魔法部隊は善戦したものの、数には勝てず魔力が尽きたものから死んでいった。しかし帝国側も予想以上の被害だった。王国軍はその間に軍を整え出陣したものの帝国将軍アキラギアの巧みな指揮と数の力の前には敗走。主力は王城へと逃げ込んだ。


「私の出番ね。」


サンドラはそう宣言し、城を囲む騎士達をかき分け、閉ざされた城門の前に立つ。


何やら呪文を詠唱しているようだ。城壁の上からは矢が射かけられるが、騎士の盾により防がれている。


烈風斬デルウインデクーパリア


サンドラから放たれた魔法は巌のような城門を見事に切り裂いた。その場に力なく崩れ落ちるサンドラ。どこからともなく現れて抱き抱えるオリベイラ。そして……


「全軍突撃! 行けぇぇぇええええーーー!」


ぽっかりと空いた城門になだれ込む帝国軍。これはもはや勝負あったようだ。




「サンドラ。あなたのおかげだよ。ありがとう。」


「オリー。どうしてもあなたの役に立ちたかったの……」


サンドラの魔力ではあれほどの城門を破ることなどできない。いや、誰にも不可能だろう。強力な魔法を撃たれても壊れないように作られているのだから。それがなぜ?


一つ目は薬の力だ。副作用と引き換えに一時的に魔力を数十倍にも引き上げる薬がある。サンドラはこれを服用していた。


二つ目はサンドラの魔法コントロールだ。ハインツ王子の妻となるべく切磋琢磨していたサンドラだ。さほど高くない魔力でも王子の助けとなれるよう研鑽を重ねていた。風の刃で物体を切断する魔法。例えば『風斬ウィンデクーパー』などは刃が細ければ細いほど切れ味は上がるし魔力消費は少なくなる。問題はその状態を維持するコントロールが難しいのだ。しかしサンドラにはできる。少ない魔力で効率よく魔法を使うことが。


最後に城門の瑕疵だ。王子に会うべく幾度も通った城門なのだ。ある日、よく見てみると魔法防御処理を施されているはずの門に一部処理ミスが見えたのだ。あらゆる魔法を弾くように作られているはずの王城の門。わずか数十センチの傷など何ほどのこともないだろう。そもそも誰も気付くはずがない。目に見えない魔法防御処理なのだから。それでもサンドラは律儀にそのことをハインツに伝えたが……


「でたらめ言うな! そんなの見えるわけない!」


自分に分からないことがサンドラには分かったのが悔しかったのだろうか。その件はそれでお終いとなった。


それから今まで、その傷は残っていたらしい。サンドラにしか成し得ない城門破りだった。


数名の騎士がオリベイラの元へとやって来た。


「報告いたします! 城内の制圧が完了いたしました! いつでもご入城可能です!」


「ご苦労。よくやった。下がって休め。」


「はっ! 失礼します!」


終わったのだ。


ユムネホフ王国の歴史は今、幕を閉じた。国内の掃討戦がまだ残っているが、大したことではない。オリベイラは勝ったのだ。


「サンドラ。城へ入ろう。おそらくここが僕達の新居となる。」


「オリー。私、あなたに出会えてよかった……これで前を向いて生きていける……」


二人は手に手を取り、ゆっくりと城内に入っていった。

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