第9話 皇城
建物も巨大なら扉も巨大。ゆっくりと開いたその先に見えるものは……
「
「殿下が個人的に……?」
「うむ。こやつは余の言うことしか聞かぬ。かわいい奴よ。」
『グオオォオオオォォオーーーー!!』
かなりの音量だ。サンドラはへたり込んでしまった。
「さあ、乗れ。帝都までひとっ飛びだ。」
サンドラにオリベイラ。オルランドと護衛の騎士二名。合わせて五人を乗せたドラゴンは空を翔ける。
瞬く間に帝都にたどり着いた。オリベイラもサンドラも放心状態だ。もちろんサンドラも魔法で空を飛ぶことぐらいはできる。距離は短いし、速度も高度も出ないが。そこから考えるとドラゴンの速度は異常であった。目まぐるしく移り変わる景色。体に感じる風の勢い。全てが初めての体験だった。
「兄上。とりあえず今日のところは俺の屋敷に泊まってくれ。明日父上に会えるようにしておくから。」
「ああ、すまない。世話になる。」
そして翌日。オルランドの服に身を包んだオリベイラ。そしてオルランドの婚約者のドレスに身を包んだサンドラはダイヤモンドクリーク皇帝の待つ城へと向かっている。
「オリー……私、どうすればいいのかしら……」
「サンドラ。もし何か聞かれたら思ったことをそのまま言えばいいよ。何も気にしないで。」
礼儀作法の面でサンドラに問題はない。むしろオリベイラはかなり怪しい。無理もないことである。
「変わってないな……」
「懐かしいだろう?」
「ああ、ここの庭だったか。よく狼ごっこをして遊んだよな。」
「ああここだ。兄上は足が速くてな。誰も捕まえられなかった。」
「お前こそ他の子供に指示を出して僕を囲んだりしたよな。」
狼ごっことは、鬼ごっこのような遊びである。足が速い方が有利なのは当然だろう。しかし狼に捕まえられた子供も狼となり、最後の一人になるまで続く遊びである。
長い廊下を歩き、到着した場所には一際大きな扉があった。
「着いた。では行くぞ。扉を開けよ。」
オルランドの命令に従い大きな扉が左右に開いていく。ここは謁見の間だろうか。中は広く部屋の両側には重臣と思しき者がずらりと並んでいた。
重臣達の目からは感情を読み取れない。また、玉座に近づくに連れて重臣以外の人間、女性や子供も混じっていた。
二段は高い玉座まで五メートル。オルランドが立ち止まった位置だ。オリベイラもサンドラも同じように足を止める。
『神聖にして不可侵なるダイヤモンドクリーク帝国皇帝ルドルフ・フォン・ダイヤモンドクリーク陛下ご入来!』
その声が聞こえると、場の人間は一斉に床に片膝をつき臣下の礼をとる。オリベイラだけが一瞬遅れた。ちなみに男性も女性も老いも若きも臣下の礼は同じ姿勢である。
「皆の者、面を上げよ。」
オリベイラにとって十数年ぶりに見る父の顔だ。記憶より皺は増えていたが、目力などはますます力強くなっているように感じた。
「オリベイラ。よく戻ってきた。褒めてつかわす。」
「父上のおかげを持ちまして。」
「サンドラ嬢もよく来た。帝国にとっては思わぬ拾い物だ。」
サンドラは口を開かず頭を下げるのみだ。
「王国は早晩滅びる。故国の滅亡を目前にした今、何か余に言いたいことなどはないか? 直答を許す。」
「畏れながら申し上げます。何もございません。」
「ほう? オリベイラはどうだ? お前の育った国であろう? 思うところはないのか?」
「ありません。公爵家や養父母の安全が保障されている以上あのような王国は滅ぼしてしまうのが一番でしょう。」
「よかろう。ついでだ。余に恨み言があるなら聞いてやるぞ? 本来ならお前は死ぬ予定だったのだからな。」
「ありません。僕が王国に、公爵家に行って良かったと思っています。あの環境にオルランドが行かずに済んだのですから。それ以上にこちらのサンドラと出会えたことが何ものにも変えがたい幸運です。」
「ふっ、ならばよい。せいぜい励むがよい。ではオリベイラの帰還を祝す宴が用意してある。『
再び全員が臣下の礼をとる。皇帝が退室したのを見らからってオルランドが声をかける。
「さ、行こうか。今日のところは楽しむとしようじゃないか。」
「ああ、それより気になっていたのだが……母上は……」
「五年前に死んだ。毒殺の疑いが強いが犯人など見つかるはずがない。」
「そうか……」
「オリー……」
ここは王宮。権謀渦巻く魑魅魍魎の世界。何があってもおかしくないだろう。オルランドとて……
パーティー会場に足を踏み入れると、オルランドの元へたくさんの貴族が群がってくる。同じ派閥の人間なのだろうか。
「すまん兄上、しばらく二人でいてくれ。」
「ああ、気にするな。さあサンドラ、何か飲もうか。」
「ええ。いただこうかしら。」
なるべく隅の方へ行き二人きりの空間を作ろうとするオリベイラ。しかしそうはいかないのが世の常だろうか。
「兄上、お懐かしゅうございます。よくお帰りくださいました。」
「ま、まさかジルベルトなのか? 大きくなって……」
「はい! オリベイラ兄上こそオルランド兄上そっくりですね!」
腹違いの弟ジルベルトだ。確か三歳ほど下だったはずだ。
「ベアトリス様もお元気か?」
「ええ、母上も今や皇后として元気にやってます。」
「そうか。それはよかった。ああ、紹介しよう。こちらは僕の……想い人の……」
「サンドラ・ド・トリスティーナでございます。ジルベルト王子におかれましてはご機嫌麗しゅう。」
「トリスティーナ公爵家のご令嬢ですね。兄上もなかなかやりますね。では楽しんでください。」
「ああ、ありがとう。」
ジルベルトとその取り巻きは去って行った。しかし、次々とオリベイラの弟妹やその母がおとずれたため、二人は気の休まる暇がなかった。
「僕に挨拶しても意味ないのにな……」
ぼやくオリベイラ。
「あれはオリーを観察に来てるのよ。皇太子の座を争う相手としてね。特にジルベルト王子はプレッシャーをかけに来たみたいよ? 自分の母は皇后だってね。」
「まさか、そんな……」
「王宮ってどこもそう……きっとオリーのお母様ってかなりお綺麗で皇帝陛下からご寵愛を受けてらしたのね……」
「ああ……確かに……正妃だったはずだ……」
「そうなのね……」
「帰ろう。帰ってゆっくりして、明日に備えよう。」
「ええ。あなた。」
まだ皇帝が現れてないパーティー。そこから先に帰るのは不敬にあたる。しかしそんなことオリベイラには関係なかった。宮廷での栄達など求めていないのだから。サンドラもそこを注意することはなく、二人は会場から姿を消した。
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