第8話 添寝

サンドラが目を覚ましたのは深夜になってからだった。自分が数日を過ごした牢のような部屋とはがらりと変わった豪華さに目を奪われる。きっと公爵領の本宅、そこの自室より豪華なのだろう。


起き上がろうとした時、手に微かな温もりを感じる。オリベイラだ。オリベイラがサンドラの手を握ったままベッドにうつ伏せていたのだ。自分の具合もよくないだろうに。


「オリー……」


オリベイラの手を握り返すサンドラ。体は怠く、頭も重い。しかし心は暖かい何かで満たされていた。


浮身フロータコープ


物体を浮かせる魔法だ。オリベイラの身体を浮かせてベッドへ寝かせる。自分もその横へ……

はしたないと思いつつも身体が冷えきったオリベイラを放っておくことなど、サンドラにはできなかった。


冷えきった頬へ、血の気のない唇を寄せる。そのまま、サンドラは目を閉じた。





「どうだ? 部屋の温度を下げておいて正解だっただろう。これが皇帝になる男の知恵というものだ。」


「殿下……」


オルランドは余程オリベイラに幸せになって欲しいのだろう。






翌朝。二人は同時に目を覚ました。サンドラは恥ずかしさで顔を真っ赤にした。オリベイラはこれが現実とはとても思えなかったのだろうか、夢うつつな表情でサンドラの頬に手を当てる。


「お嬢様……お慕いしております。あの時から……夢なら……覚めないでくれ……」


「オリー……私もよ……ハインツのことを容易く忘れる尻軽……なんて思わないで……あなたは、あまりにも、魅力的すぎるもの……」


熱に絆されたような顔でサンドラも応える。


「おじょ、いやサンドラ……あなたが尻軽なんてとんでもない。悪いのはハインツなのですから。ん? あれ?」


「どうしたの?」


「サンドラが暖かい……柔らかい……」


「照れること言わないでよ……オリーの節くれだった指だってセクシーだわ。」


「もしかして……夢じゃない……?」


「当たり前じゃない。もっと強く、抱きしめて……」


「どわぁ! ご、ごめんません! そんなつもりなんかなかったっとわぁ……」


慌ててベッドから飛び出すオリベイラ。言葉もおかしくなっている。


「寒いわ……お願い、暖めて……」


「あ……お……はい……」


ぎこちない動きでベッドに戻るオリベイラ。パーティー会場で三人の騎士を制圧した動きは見る影もない。


気をつけ、の姿勢でベッドに横たわるオリベイラ。すごいことを言ってしまったと一人赤面するサンドラ。きっとお似合いの二人に違いない。




無言の時間が続く。


三十分、それとも五分しか経ってないのだろうか。時間の感覚などない。どちらかが体を少し動かすだけで互いに触れてしまう距離、温もりを感じ取れる距離。


気まずくも満たされた時間が流れる。先に行動を起こしたのはオリベイラだった。仰向けに寝たままサンドラの手を握る。サンドラは一瞬ビクッとしたが抵抗などするはずもない。


「サンドラ。僕について来てくれますか?」


「ええ。どこまでもついて行くわ。どんなに血塗られた道でも……」


サンドラは何か思うところがあるのだろうか。


「サンドラ……後でオルランドも交えて話そう。僕らの未来を勝ち取るんだ。」


「はい。あなた。」


感極まり、サンドラを抱きしめようとするオリベイラ。しかし、そこに無遠慮な入室者が。


「兄上、朝食だ。食欲はあるか?」


何も王子自ら来なくてもいいものを。


「あ、ああ……食べる。さあ、サンドラも……」


「え、ええ……いただきます……」


貴賓室に運び込まれる料理の数々。サンドラには珍しくなくても、オリベイラにとっては記憶にないぐらいの豪華さだろう。




朝食を食べ終わりデザートが出てきた。


「サンドラよ。そなたの覚悟は見せてもらった。兄上に相応しい女だと認めよう。」


「ありがとうございます。」


「さて、これからのことだが。まずは兄上、父上の所に行くか?」


「ああ、挨拶ぐらいしておかないとまずいだろう……」


「ならばサンドラ。そなたも同行するといい。」


「かしこまりました。」


「サンドラ!」


「な、何ですか? オリベイラ様……」


何かを決意したかのようなオリベイラ。


「僕のことはオリーと呼んで欲しい。オルランドの前だろうとも! ずっとだ!」


「はい。あなた。」


「それから今後のことだけど……」


オリベイラとオルランド。二人から様々な事情や今後の動きを説明されるサンドラ。あまりのことに頭がついていかない。


「まさか……本当にそんなことが……」


「ユムネホフ王国は近いうちに滅亡する。それで終わりだ。終わりにするんだ……」


「オリー……分かったわ。そのように……」


「話はまとまったな。では一度帝都に戻るとするか。それから出兵の準備だ。俺は楽ができそうだがな。」


オルランドは気楽そうな顔をしている。


「昔のことで覚えてないが、ここから帝都は何日ぐらいかかるんだっけ?」


「まあ二時間だな。」


「なっ!? 二時間だと!? そんなに近かったのか?」


「近いわけないだろ。馬車なら三日だからな。龍便ドラゴンライナーってのがある。皇族ぐらいしか乗れないけどな。」


「ドラゴンライナー……まさかドラゴンを使役していると言うのか!?」


「そんなところだ。さあ、行こうか。」


オルランドに連れられて外に出る一行。


到着したのは巨大な厩舎だった。

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