第7話 人柱

サンドラによって魔力を譲渡されたオリベイラが目覚めたのは、その翌朝だった。


「ううぅ……ここは……」


「気づいたか。兄上、久しぶりだな。」


「オルランド……か? 大きくなって……」


「ははっ、それは兄上もだろう。具合はどうだ?」


「悪くない……いや、むしろ体の中を暖かい魔力が充満している。これはまさか……それよりお嬢様、サンドラは!? どうなっている!?」


「よく寝てるさ。いい女を捕まえたものだな。さすが兄上だ。」


「無事なのだな? 案内してくれるか?」


「いいだろう。歩けるか?」


「肩ぐらい貸してくれよ。」


「ふっ、世話の焼ける兄上だな。」


本来なら王子たるオルランドに近寄る者は護衛の騎士によって制圧される。たが、さすがに此の期に及んでは、それを制止する者はいなかった。幼き頃の二人、その仲の良さを知る者も多少はいたからなのかも知れない。


「ここだ。開けろ。」


扉の番をしていた騎士が敬礼をし、ドアの鍵を開ける。


サンドラはよく寝ているようだが、血の気のない顔色にオリベイラは気が気ではない。


「大丈夫なんだろうな?」


「さあな? 誰かさんに魔力譲渡なんかやらかすから。当分起きないだろうな。」


魔力譲渡マギカルトランスフェルトだと!? 一体どれほどの魔力を僕にくれたと言うんだ!?」


「限界までだな。おかげで兄上は助かった。あれだけの怪我をして、血を流してたんだ。その上、魔力も空では治るものも治らないからな。」


「ならば、今度は僕が返す番だ!」


「やめとけ。傷口が開く。そうするとせっかく其奴が身を呈してまでやったことが無駄になる。魔力以外に問題はないんだ。大人しく待っておけばいいさ。」


「そうか……世話をかけたな。」


「それより兄上、腹がへっているだろう? 一緒に食べようぜ。何年ぶりだろうか。」


「すまん、ここを離れるわけにはいかん。だからここで食べよう。いいだろう?」


「甘えん坊な兄上だ。いいさ、どこで食べても味は変わらぬ。よし、持って参れ。」


騎士からメイド、メイドから料理人へと伝言が飛び、五分もしないうちに料理が運ばれてきた。


「さて、せっかくだ。兄上が知る今回の顛末を教えてもらおうか。」


「ああ。事の発端はお嬢、サンドラの友人から連絡があったのだ。僕が働く公爵家、その上屋敷にな。」


「ほう? どのような?」


「サンドラがパーティー会場で糾弾されている。このままでは婚約破棄どころか命が危ないと。その友人は僕から他の者、もっと上の者に伝えて欲しいようだったがな。僕はそれを聞いた瞬間飛び出していたよ。」


「なるほどな。」


「そうしてどうにかパーティー会場に潜入した。ギリギリ間に合ったようで、危うく監獄のような修道院に連行されるところだった。」


それからのオリベイラの話はサンドラと同じであった。これでようやくオルランドはサンドラを罪人扱いしなくて済むようになったのだ。すぐさま指示を出し、サンドラの身を貴賓室へと移させる。身体をきれいにしておくことも忘れないようにと。


「じゃあ兄上、少し待っておくんだな。レディの着替えは覗くものじゃない。」


「当たり前だ。それより僕の身はどうなる? まさか歓迎されるとは思ってなかったのだが。」


「むしろいいタイミングで帰って来てくれたさ。なぜ兄上が王国に行かされたか。理由を教えよう。」


ダイヤモンドクリーク帝国皇帝ルドルフ・フォン・ダイヤモンドクリークは先を読む男である。表向き、双子は国が割れるという理由で長男を養子に出した。それも身分を隠して。

しかし本当の理由、それは爆弾である。庭師という仕事は多くの貴族から注目される。しかも公爵家専属の庭師ともなると、その責任は重大。剪定が気に入らないなどの理由で手討ちにされることも珍しくない。皇帝が狙ったのはそれだった。何か理不尽な理由で長男を殺させる。その責任を貴族本人ではなく王国に問う。そして戦争を吹っかける。

大陸の北半分を支配する帝国は群雄割拠の南半分を欲しがっているのだ。そして自分こそがこの大陸を統一する王朝を築くべきだと信じ込んでいるのだった。


そんな時、長男オリベイラが傷だらけで王国から逃れて来たのだ。絶好のチャンスと言えるだろう。


「そうか……僕はそんな理由で……」


「俺も最近知ったんだがな。で、兄上はどうしたい? 上手くやれば王国は兄上のもの、大公領とかにするのもありだろうよ。」


「ああ、僕は第三王子が許せない。奸婦フランソワもな。王国に恨みはないが、どうせ滅ぼされるのなら……いっそ僕の手で……」


「決まったな。ああそうだ。トリスティーナ公爵家はすでにこちらに寝返った。娘を蔑ろにした王家を許せないそうだ。」


「本気で言っているのか?」


「そんなはずがない。貴族にとっては国名が変わろうが、自分の領地が安泰ならそれでいいのさ。公爵家が裏切るんだ。他の貴族だって自分が裏切って何が悪いと考えるだろうさ。本領を安堵してやるかは怪しいがな。」


「それはそうだろう。軍を出すのはいつだ?」


「いつでも? 兄上のいいタイミングで。一応父上に挨拶に行っておくか?」


「ああ、サンドラが目覚めたらな……」


大国の論理によって蹂躙される小国。ハインツ達ユムネホフ王国の命運は……

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