第6話 犠牲

同日夕刻。サンドラが幽閉されている部屋に再びオルランドが現れた。


「早速だが、先ほどの言葉を実行してもらうぞ?」


「何なりと。」


オルランドの配下だろうか。数名の騎士がサンドラの手首に手錠をかけた


「付いて来い。」


「仰せのままに。」


連れて来られた部屋にはオリベイラが横たわっていた。


「兄上は未だ目覚めぬ。極度の疲労もあるだろうが、魔力の欠乏が著しい。それが回復を妨げているのだ。そこでだ。そなたの魔力を兄上に渡して欲しい。」


「仰せのままに。」


ある程度の魔力を待つ者同士ならば魔力の譲渡は簡単だ。体の一部に触れて自らの魔力を流し込めばいいだけの話である。しかし問題は変換効率なのだ。

例えば相手の手を握って魔力を流したとする。自分は百の魔力を送ったとしても相手が受け取れるのはせいぜい十、よくて二十ぐらいだろう。

ならば効率よく受け渡す方法は?

決まっている。粘膜による接触だ。したがってサンドラの選んだ譲渡方法は……


「オリー……受け取って……」


オリベイラの顔に手を添え、口付けた。


魔力譲渡マギカルトランスフェルト


ゆっくりとサンドラの魔力が流れ込む。乾いた砂に水が染み込むようにオリベイラの体に吸い込まれていった。


人工呼吸の概念などない世界で、公爵令嬢たるサンドラが人前で婚約者でもない男性に口付けをする。もちろん普段なら絶対にしないだろう。しかも、これがサンドラのファーストキスなのだから。


サンドラはことさら、結婚するまでは清い体で……と考えていたわけではない。人並みに興味はあったし体が疼くこともあった。しかし、元婚約者の第三王子ハインツが求めてこなかったのだ。年頃になってもそのようなことを求めてこなかった理由……そこにフランソワの存在があったのかも知れない。


そのような事情はあるにせよ、今現在サンドラが考えているのはオリベイラの回復のみ。自身に価値のなくなった今ならば全てを恩人オリベイラに捧げてもいいと考えているようだ。ほとんど限界まで魔力を譲渡し、意識が飛びそうなのに……やめようともしないのだから。


「そこまでだ。もうよい。」


オルランドの声がかかる。しかしサンドラには聞こえていない。


「やめぬか! そなたの方が危険だ!」


王子であるオルランド手ずからサンドラを引き離す。


「くっ、危ない真似をしおって……こやつを元の所に戻して、寝かせておけ。手錠は外せよ。」


騎士達は迅速に行動し、サンドラは元の部屋でベッドに横たわった。


「ふう、あやつに任せて正解だったようだな。兄上、早く起きてくれよ……」


魔力譲渡マギカルトランスフェルトは人の技。使い手によって効果が左右されるのは当然のことだ。ここに、薬でも回復が可能な魔力をわざわざサンドラから譲渡させた理由がある。

第一に、薬は副作用が酷く怪我人に使うわけにはいかない。

第二に、サンドラの資質を見るため。オリベイラが命をかけて助ける価値がある女だったのかどうかを。

最後に、もしサンドラがそれほどまでに価値のある女ならば、きっと最高の効果を出すだろうからだ。事実、己の限界まで魔力を注いでくれた。すぐれぬ体調で、公衆の面前で、よくもあそこまでやってくれたものだ。オルランドは兄の女を選ぶ目をどこか誇らしく感じていた。





その頃、ユムネホフ王国では。


「御庭番三名が死んでいたと言うのか!?」


「いえ殿下、死体は残っておりませんでしたので確実とは言えませんが……現場に散っていた血痕や髪の毛から判断すると、おそらくは……」


将軍の次男クライドは困った顔で王子に説明をしている。


「ひゅー、ならマジであいつらムリーマ山脈を越えたってのか? 案外もう少し捜索範囲を広げたらそいつらが死んだ痕跡も出そうなもんだがな。」


丞相の三男ラリーガは事も無げに言う。


「あの山中なれば……あり得る話だ。多少国境を越えようと構わぬ! やつらの死を確認しておけ!」


「はっ!」


「ラリーガ! 公爵家に動きはないのか!?」


「ないなー。静かすぎて不気味だぜ。まあ自分とこの庭師が仕出かしたことだしな。そら文句も言えねーわな。」


表向きは公爵家の庭師オリーがパーティーに乱入、騎士に乱暴を働いた。その上でサンドラを誘拐、逐電したことになっている。


果たして公爵家はどう動くのか。ラリーガの言う通り、不気味なほど沈黙を保っている。公爵領にある本邸に出入りしたのも御用商人ぐらいであった。

サンドラの身を心配する者は、この国にはいないのだろうか……

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