第5話 目覚め

先に目を覚ましたのはサンドラだった。殺風景な部屋。とても医務室とは思えない。明るい部屋で改めて自分の姿を見てみる。酷いものだ。

ドレスは裂け、血がこびりついている。足にはぐるぐる巻きの革、髪の毛もボサボサな上に顔も泥だらけだ。しかし、腕の傷は消えていた。例えば腕のいい治癒魔法使いが、そこだけは治してくれたのだろうか。

さほど広い部屋ではない。ドアは一つ、窓は二つ。ただしドアは開かないし、窓には鉄格子が嵌められている。自分のことはいい。不法入国者なのだから。しかし、オリーはどうなったのだろうか。サンドラの最後の記憶は、糸が切れたように倒れるオリーの姿なのだから。


しかしながらサンドラに出来ることなど何もない。不法入国者として裁かれるのを待つことしかできないだろう。




ややあって、ガチャガチャと音がしドアが開く。入ってきたのはオリベイラ、とよく似た顔をした別人だった。


「具合はどうだ?」


「大変ようございます。初めて御意を得ます。ユムネホフ王国は元トリスティーナ公爵家次女サンドラでございます。」


素早く床に跪き一息に言ってのけるサンドラ。


「余が誰か知っているのだな?」


「はい。オリベイラ様から伺いました。双子の弟様がいらっしゃると。」


「うむ。オルランド・フォン・ダイヤモンドクリークである。このような部屋に閉じ込めておるが、そなたのことは歓迎するだろう。」


「あ、ありがとうございます。しかし私は不法入国者なのでは……」


「昨夜、ユムネホフ王国側から連絡があった。帝国皇室の縁者を騙る者が公爵令嬢をかどわかして逃げたとな。王国の警備はザルだな。そなたがここに来た夜から一日遅れだ。」


現在の時刻は昼前。つまりサンドラは三十時間近く寝ていたことになる。


「オリベイラ様のおかげを持ちまして生き長らえることができました。それよりも、オリベイラ様の容態は……」


「よくはない。先ほどそなたを歓迎する『だろう』と言ったのは兄上の容態次第なのだ。兄上の口からそなたへの対応を聞かぬ限りはこうして罪人として幽閉しておかねばならぬ。」


「そう、ですか。まだ意識が戻らないのですね……私のせいで……」


貴人の前なのだ。涙を流すことは不敬にあたる。公爵令嬢として長年教育を受けてきたサンドラなのだが、それでも流れ落ちる悲しみを止めることはできなかった。


「立て、ベッドに戻れ。そして説明せよ。どうしてそなたがここにいるのかをな。」


オルランドはサンドラの涙など気にすることもなく、淡々と命令を下す。ハインツと長年婚約関係で王族との付き合いは慣れているはずのサンドラでさえ自然と従う気勢が彼にはあった。立ち上がりベッドに腰掛ける。そして涙を堪えることなく、ゆっくりと口を開き今回の顛末を説明する。嗚咽まじりの聞き苦しい口調ではあったが。




「なるほどな。冬、しかも夜のムリーマ山脈を越えるとはな……さすがは兄上だ。そなたの言うことを信じるならば、おもしろいことになる。それこそ父上が兄上をユムネホフ王国に行かせた目的が今、実る時期に来ているのだ。」


「理由……があったのですね。そのことをオリベイラ様はご存知なのですか?」


「知るはずがない。余とて最近知ったのだからな。兄上は最高のタイミングで帰って来てくれたと言うことよ。無事に目を覚ましてくれれば、の話だがな。」


「私はもうどうなっても構いません。どうかオリベイラ様のことを……」


「その言葉、たがえるなよ? もちろん兄上の治療は全力で行う。その上でそなたには試練を与えるだろう。それまでは寝て待つがいい。必要なものがあれば言え。ここから出すわけにはいかぬが、ここに運び込むことは容易いからな。」


「お心遣い、ありがとうございます。」


しかしサンドラは運ばれてくる食事以外は何も求めようとしなかった。汚い姿のまま、オリベイラの回復を祈り続けていた。





その頃、ユムネホフ王国では。


「どうなっておる! 手がかりすらないのか!」


第三王子ハインツが怒鳴っていた。


「いえ、それが未だに戻らない御庭番がいるようなのです。其奴らの担当がムリーマ山脈だったようで。」


「ならば奴らはムリーマ山脈に逃げたと申すか!」


「おいおーいクライドよー。マジか? そんなの絶対死んでるだろう? 死体だって今ごろは獣どもに食い荒らされて骨も残ってねぇだろうぜ?」


丞相の三男ラリーガの言うことは一般常識だ。あの険しい冬山を一見軟弱なサンドラを連れて抜けられるはすがない。普通ならば。


「ならば! その御庭番が戻り次第詳しく聞いておけ! フランソワが怖がっておるのだ! 憂いを残すなよ!」


「ハインツ様……私、怖いの……サンドラ様がいつまた私をいじめるかと思うと……」


「おお可哀想なフランソワ。もう大丈夫だからな。お前には私がついているからな。守り抜いてみせるとも。」


「ハインツ様……私、幸せですぅ……」


そこには鼻の下を伸ばし、締まりのない顔をした男がいるのみだった。


ハインツ、フランソワ、そしてサンドラ。

三者の思惑が交わることはあるのだろうか。

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