第4話 凱旋
息も絶え絶えな二人。山からはどうにか脱出できた。ここから先は比較的安全だろう。道に沿って、寒さに耐えながら歩くだけなのだから。
「お嬢様。お加減はいかがですか? あそこに見えるのは国境の街ガルネリアです。もう少しの辛抱です。」
「もう、お嬢様じゃないわ。サンドラと呼んで。私も殿下と呼ぶ、呼びますから。」
「では遠慮なくサンドラと呼びます。しかし僕のことはオリーと呼んでください。なぜなら……なぜなら僕は確かに皇帝の長男です。しかし、王子ではありません。殿下と呼ばれる身分ではないのです。」
「でん、オリー……」
帝国の身分制度は複雑なようで単純だ。皇帝が認めた者だけが王子となり、皇太子となり得るのだ。物心ついて間もない頃、王子として認められたのは弟のオルランドのみだった。それから一年もしないうちにオリベイラはサンドラの家、トリスティーナ公爵家へと移された。子供のいない庭師夫婦の養子オリーとして。
「着きました……城門です。これで朝まで、どうにか……」
「朝まで?」
残る力を振り絞るかのように城門を叩くオリベイラ。
「何者か! 城門は日の出まで開きはせぬ!」
「知っている! 毛布だ! ここで朝まで過ごす! だからせめて毛布を貸してくれ!」
城壁の上にいるのは当直の騎士だろう。ここまで来て街に入ることが叶わないとは……サンドラの心中たるや如何なるものか。
「名を名乗れ! 貴様は映えある帝国民か!」
暫しの逡巡、しかしオリベイラは決意したかのように口を開いた。
「我が名はオリベイラ・フォン・ダイヤモンドクリーク! 隣国より帰って参った! 疑うなら調べるがいい!」
隣国、オリベイラと聞いて騎士はハッとした。確か十五年以上も昔、王子に選出されず隣国へ送られた王族がいたはずだから。そして、帝国内にオリベイラという名の王族はいない。名を騙るには無意味な選択なのだから。
五分後、通用門が開き五人の騎士が出てきた。
「足を開いて両手を挙げろ! そちらの女もだ!」
「サンドラ、言う通りにしてください。彼らは職務に忠実なだけです。」
「ええ、分かっているわ。」
「オリベイラと名乗ったな? 証を見せてもらおうか。」
「腰の宝剣を見てくれ。それから彼女が持っている指輪だ。」
騎士は警戒しつつオリベイラに近づいて、腰から短剣を抜き取った。別の騎士はサンドラから指輪を手渡された。山中でオリベイラが渡した物はその指輪だったようだ。
「検分いたす! しばし待たれい!」
四人の騎士を場に残し、一人の騎士が城壁内へと入っていった。
「せめて彼女に毛布だけでも掛けてやってくれないか? 実は限界なんだ。」
「黙っておれ! もうすぐ結果が出る!」
それから十分後、通用門ではなく巨大な城門が開かれた。大きな音と共にゆっくりと時間をかけて。
先ほどの騎士が再び現れ、オリベイラの前に跪いた。
「ようこそお帰りなさいました。あなた様は間違いなくオリベイラ・フォン・ダイヤモンドクリーク様であることを確認いたしました。まずはこちらをお返しいたします。」
「分かってくれたならいい。諸君の忠勤に感謝する。ついでに甘えさせてもらうが宿と医者を頼めるか? 本当に限界なん……」
オリベイラは跪く騎士に向かってゆっくりと倒れていった。サンドラも悲鳴をあげ、そして気を失った。限界なのはサンドラも同様だった。
パーティーの翌日。ユムネホフ王国では第三王子ハインツが朝から怒鳴っていた。
「あの二人はまだ見つからんのか! 騎士団は何をしておる!」
「この寒さです。逃げずにどこかで潜伏しているとも考えられます。サンドラの自宅はすでに捜査済みです。戻った形跡はありませんでした。」
「御庭番も動かしたらしいな。いいのか?」
将軍の次男クライドに丞相の三男ラリーガが問いかける。
「万が一だが街道以外のルートで逃げたかも知れないからな。例えばムリーマ山脈を越えれば帝国まで一直線なのだから。」
「へっ、冬のムリーマ山脈かよ。そのルートを選んだなら二人ともとっくに死んでるだろうぜ。むしろ死体の確認をどうするかが難題だな。」
「ええい! 結果だ! 結果を持ってこい! 可哀想にフランソワが怖がっているではないか! 分かったな!」
ハインツ王子は何を焦っているのだろうか。
フランソワは何を怖がっているのだろうか。
そろそろサンドラの家にも連絡が届いた頃だろうか。彼らは一体どのような動きを見せることだろう。それとも動かないのだろうか。
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