第3話 極寒の山越え

パーティー会場にてハインツ王子は……


「クライド! どう思う? あれは本物か!?」


「いや……分かりませんね。オリベイラなんて名前、聞いたことないですよ。」


「でもあの宝剣ってダイヤモンドクリークの紋章が入ってたよな?」


「ラリーガの目から見てもそう思うか……」


思案する第三王子ハインツ。


「てゆーかあいつら放っておいていいのか? もし本物だったら戦争になるぜ?」


ラリーガの意見はもっともだろう。


「騎士団を動かしましょうか? 」


クライドはそう言うが、将軍の次男というだけで騎士団は動くものなのだろうか。


「バカ! 名目はどうすんだ? 修道院行きの女が逃げたぐらいで騎士団は動かねーだろうが。」


「よし、クライド。騎士団を動かせ。我が国の重鎮たる公爵令嬢が隣国皇家の名を騙る不審者に誘拐された。全ての街道を封鎖し、草の根分けても探し出せ、とな。」


「分かりました! お任せください!」


「さっすが王子。やるじゃん。」


やや弛緩した空気が流れるパーティー会場において、ただ一人フランソワだけが険しい表情をしていた。無論その顔が王子達に見られることはなかったのだが。





華やかなパーティー会場とは打って変わって寒風吹き荒ぶ山中。凍えないように身を寄せ合う二人の姿があった。


「お嬢様、歩けそうですか?」


「ええ、大丈夫。これ以上ここにいると凍ってしまうものね。」


「よし。行きましょう。ここからならもう三十分も歩けば国境です。」


「今さらだけど……私、帝国に入っていいの……? 帝国は不法侵入者に厳しいって……」


二人が通るのは山道。いや、道ですらない。つまり誰が見ても不法入国者となる。


「大丈夫です。僕を誰だとお思いですか? 皇帝の長男ですよ? 国境警備の騎士なんか僕が一喝すれば一捻りですよ!」


「そう、よね。それより私の体力を心配しないとね……」


「いよいよとなれば僕が背負いますよ。お嬢様ぐらい軽いものです。」


「ええ……ありがとう。」


その調子で険しい山を登り続けること三十分。ついに二人は尾根まで到達した。


「よし! ここを越えればダイヤモンドクリーク帝国だ! お嬢様、大丈夫ですか?」


「ええ。おかげでまだ歩けるだけの体力はあるわ。」


「よかった……ではお嬢様、僕が合図をしたら北に見えるあの星に向かって走ってください。おっと、これを持ってもらえますか? 大事なものですから落とさないでくださいね。」


「これは? オリーの……」


「いきますよ! はい走って!」


「え!? え?」


「早く!」


大豪炎ゲヘナフレイム


オリーが火の魔法を使うと、周囲の森林が一斉に燃え始めた。山中で火の魔法を使うなどとオリーは正気なのだろうか。


走るサンドラの背を追うように炎も走る。炎が走れば山火事となる。寒風吹き荒ぶ山中とは言え空気は乾燥し、木々の水分も少ない。つまり、この上なく燃えやすい環境と言える。


「さて、君達はこれ以上近付かない方がいい。死にたいなら構わないがね。」


「ちっ、庭師風情が大層な魔法を使いやがって。」

「俺は女を追う。ここは任せる。」

「俺は火の対処だな。早く片付けとけよ。」


騎士にしては身軽な三人組。オリーのことを知ってるようだが。


「王国の御庭番……ぎりぎりで追いついて来たか。『火槍フレイムランス』彼女の後は追わせない。」


「ちっ、まだそんなに魔力を残してやがったか。」

「さっさとやるぜ。」


足場の悪い山中にて戦闘が始まった。




一方、オリーに言われた通り一心不乱に走るサンドラ。下りなので思いのほかスピードが出てしまう。鬱蒼と繁る森のため目当ての星が時々しか見えない。それでも残る力を振り絞ってサンドラは山を降りる。


グオオオオォォ……


獣の声が聞こえる。サンドラに狙いを定めたのだろうか。


「オリー……」


呟くサンドラ。しかし足は止めない。


繁みが騒めいた瞬間、獣が現れた。小型の熊『灰鬼熊オーガベア』のようだ。小さくとも獰猛で悪食、自分より大きい相手も獲物とする厄介な獣だ。


風斬ウィンデクーパー


魔法で応戦するも威力が足りないらしく、灰鬼熊オーガベアにダメージはない。逆に鋭い爪を一振りされただけでサンドラのドレスが裂かれて肩から二の腕にかけて血が滴る。


風球ウィンデスフィア


怯まないサンドラ、風の塊が灰鬼熊オーガベアを直撃する。三メートルほど後退させることには成功したが……やはりダメージはない。サンドラに残された魔力を考えるとそこまで強力な魔法は使えない。体温を維持するだけでもそれなりの魔法を使い続ける必要があるのだから。


距離を開けたことが仇となったのか、灰鬼熊オーガベアは一直線に突進して来た。避けるスペースも時間もないため、魔法で迎撃するしかない。


風球ウィンデスフィア


しかし、身を低く突進する灰鬼熊オーガベアに当てることはできなかった。もう、終わりなのか。せめて衝撃に備えるべくサンドラは身構えた……


「お嬢様っ!」


間一髪、後ろから現れたオリーがサンドラを抱え、灰鬼熊オーガベアの上を跳躍する。


「オリー……助かったわ。ありがとう……」


「ここはお任せを。」


華麗な短剣捌きでたちまち灰鬼熊オーガベアを退治したオリー。しかし彼の姿をよく見ると……


「オリー! その怪我! まさか追手が!?」


「三人ほどですがね。それよりお嬢様の肌に傷が……申し訳ありません……」


「いいのよ。私なんて……それよりもオリーよ! 無理しないで!」


「お嬢様……僕は大丈夫です。山さえ降りればどうにでもなります。」


「ごめんなさい……私が、治癒の魔法さえ使えれば……」


「魔法には向き不向きがあるものです。さあ歩きますよ。」


「ええ……」


オリーの怪我は重傷に見えた。左手は動かないようでぶらぶらしている。額にはやや深めの切り傷、腹部と大腿部にはそれぞれ一ヶ所の刺し傷。コートを着ていなかったことが影響したのだろうか。




そして互いに支え合うようにして山を下ること一時間と半。遠くに薄っすらと街の城壁が見えてきた。

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