11「昔話をしよう」


 俺には昔、人知れぬ夢があった。


「将来、イラストレーターになりたい!」


 誰もが思いそうで、誰もが叶えられそうな―—いや、実際叶えられないんだけど、そんな夢を持って俺は絵を描き始めた時があった。


 筆を持ったのは小学5年生。


 それまでは絵なんか描いたことのないド素人で、図工の時間の成績は下から二つ目くらいのまさに劣等生と言わんばかりのもの。


 天性の才能も天賦の才も何も持ってはいない。ゼロからのスタートだった。


 しかし、俺には確固たる自信があった。昔から厳格な両親に言われてきた言葉。


『為せば成る。才能はなくても努力すれば夢は掴める。だから、お前は死ぬ気で努力しなさい。勉強もやりたいこともすべて全力でやりなさい』


 今はなき二人から言われた言葉を、何も知らない当時の俺はカッコいい言葉だと思っていた。


 そこからは言わずもがな、死ぬ気で努力した。お金はそれなりにあったし、週1で絵の教室に通いながら、独学でイラストの勉強も始めた。


 中学に上がってからは美術部に入り、スポーツ部との掛け持ちをしながらも勉強と3つの両立を図り、寝る間も惜しんで頑張った。


 そして、努力を初めて4年目。

 中学2年生の冬。夏の全国中学生イラストコンクールで入賞。一番下の質素な章ではあったが、今までの努力は決して無駄ではなかったのだと救われた気がした。


 でも、それが俺の全盛期だった。

 インターネットに投稿し始めてさらに2年。


 上達はした。今では数千人ほどのフォロワーにも恵まれて、もの凄く大きくなったと思う。書き始めてから6年の月日が経ち、大きくなった。よく頑張った。


 ただ、それだけだったんだ。


 それ以降書き続けても何かが変わることはなくなった。ツイッターで投稿してもいいねは300程度、リツイートは20程度くらい。どんなに人気なコンテンツを使っても、400程度しかいかなかった。


 新たに始めた人たちが何万と獲得していく中、俺だけはずっと古参で古豪で、ただのおじさんみたいに何かが起きることはなかった。


 それから三年生も受験勉強をしながらもたまに息抜きで描いたりもした。結局、どちらも実ることもなく、今の大学に進学し、1年の惰眠を貪って、こうなっていた。


 死ぬ寸前、こんな馬鹿な後輩に命を拾われて、俺は今も惰眠を貪っている。


「先輩っ……何してるんですか?」


 手元、スマホのメモ帳に何となく書き始めた絵を乗り出すように見ながら白瀬はそう言った。


「ん……あぁ、いや。なんとなくだ」


「へぇ……なんとなく……って、すごいんですね、先輩っ」


「まぁ、齧ってはいたからな」


「齧っていてもメモ帳で描けるなんて相当ですよ?」


「ははっ……お世辞でも嬉しいなっ」


 まぁ、これでも全部中途半端に終わっちまったんだけどな。勉強も、運動、そしてこのイラストも。


 まったく、不意に優しさを見せてくるのは少しドキッとする。


「——あ、じゃあですねっ、先輩」


「ん?」


「私の絵とか描けますか?」


 白瀬の絵?

 俺がか。描けなくはないけど……どうして急に。


「まぁいいけど、デフォルメっぽくなっちゃうぞ? それに最近は描いたりしてなかったし、あんまりうまく描けないかもしれないぞ?」


「別に、それは大丈夫ですっ……あ、でもっ」


「何?」


「あまりにも下手だったらいっぱい馬鹿にするんで、気を付けてくださいね?」


「は?」


「いやいや、私を題材にして描くくらいならそれ相応の絵を書いてくれないと困るんでっ! てへっ」


 何が「てへっ」だ。

 こいつ、褒めてくれたかと思えばそんなこと言いやがって。

 今の俺にはハードルが少し高いことを分かっていて言ってるな?


「……人に頼んでおいてそれかよっ」


「いやぁ、このくらい言わないと私の面子も立たんのですよぉ」


「んなことねえだろっ。俺を使って遊んでるだけだろうが、そりゃ」


「んぐっ……ば、バレてました?」


「バレバレだ」


「まぁ、まぁ。そんなことは良いのですよっ‼‼ いいから、ほらっ‼‼」


 すると、若干頬を赤らめた白瀬はベットの上に女の子座りをして、手をこまねいた。


「——被写体っ、どうぞ?」


「……はぁ、分かったよ。描けばいいんだろ? 描けば」


 溜息をつき、俺は恥ずかしそうに言った知らせを見ながら手元のスマホに描き始めた。


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