9「それで……先輩は花火大会とかっていくんですか?」


「うわ、今日もカサマシじゃんっ……この丼ぶり……コンビニですかね、先輩?」


「おい、お前の食堂批判に俺を巻き込むな。だいたい、食えるだけで十分だろ。黙って食えっ」


 俺はそう言って、丼の豚カツを掴み、白瀬の小さな口の中に突っ込んだ。


「うわっ——ふんがぁっ! ふぁむぅふぁむ……」


 引き抜こうとすると白瀬に歯でがっしりと掴まれ、箸が動かない。


「おい、箸を離せっ」


いやふぇふぅいやですぅ!」


「おい、いいから、離せって!」


「んふぁっ―—ふぇふ、いやでふ‼‼」


「いや、ほら、あぶねえから―—っ」


 テーブルの向かいの席から、俺の箸を咥えたままフガフガ言っている彼女。


 まったく、俺を生かした後はこうやって変なことして周りの注目を得るようにするとは——意地が悪い。


「んぷっ―—はぁ、はぁ……いやぁ、先輩ってエッチですね? 後輩に箸を舐め舐めさせてぇ~~」


「お、おいっ―—!? 誰がそんなことしてっ‼」


 否定するが時すでに遅し、周りの、特に女子からの視線が痛い。

 「うわぁ、あいつ女の子を脅迫してるぅ」

 「きもっ、まじでああいうの嫌いだわ」

 「何あれ、後輩ちゃん可哀想っ」


 痛いどころか、誹謗中傷だろっていう言葉さえ聞こえる。まったく、我ながら心に刺さるな。俺じゃなきゃ死んでるぞ。


 あぁ、でも俺、死ぬんだったな。テヘペロ。


 だいたい、あいつらも大人げがない。陰キャラな理系男子じゃ、文系の量産型女子大生の言葉に何が何でも反抗などできるわけがないを分かっているくせに―—。


 くそ、すべてこの後輩のせいだ、まったく。


「——ほらぁ、先輩っ」


「先輩じゃないし、同じ学年だし、大体そんなことはしてないっ」


「してるじゃないですか、ほら、箸」


「っ」


 箸の方へ視線を落とすと——ぬちゃぬちゃになっている。

 粘り気……まさか、これ、涎かよ。


「おい、やったな?」


「え、先輩? 女の子の涎をはむはむしたいって言ってたじゃないですか?」


「言ってないわ……やめろ、誤解を生むような言い方」


「誤解、何の誤解ですか?」


「っ。お前、分かってるだろ」


「えぇ~~わかりませ~~ん」


「ぶるゾ?」


 拳に力を込めて、眼前で揺らす。

 すると、にまぁと笑ってその柔らかそうな身体を抱きしめながらしゃがみ―—


「——DV!? うわぁ、殴られるぅ~~‼」


「はぁ⁉」


 瞬間、背中に突き刺さる視線。 

 俺はからあげ丼を一気に駆け込み―—座り込んだ白瀬の手を引いて食堂から逃げるように走り去った。






 大学の裏門まで来て、俺は足を止めた。まったく、カタカタ走る白瀬を引っ張りながらではかなりきついものがある。くそ、どうして俺が——やらせてもくれない後輩なんかと一緒に居て、揶揄われて……ただでさえ肩身の狭い大学内で堂々白昼、DVの容疑を掛けられなきゃならないんだ。



「白瀬……お前、俺の死まで邪魔しといて何しやがるっ!」


「っはぁ、っはぁ……はぁ。先輩っ、早いですっ」


「早いです。じゃねえ‼‼ こちとら変な目で見られて辛かったんだ‼‼」


「私は急に走らされてきつかったですぅ‼‼」


「それはお前のせいだろうが……」


「知らなーい」


「っ——まじで、急に要らん後輩持ったな、俺」


「……聞こえてますよ?」


「聞かせているんだ」


「うわぁ、意地汚ぁ~~い」


 公衆の面前でほら吹き回る奴とどっちがそれだろうかね?

 まったく、こいつの親の教育課程をよく知りたい。こんな危なっかしい奴を一人暮らしなんて、俺が親ならさせられないな。


「ははっ、まあ冗談ですよ、先輩っ」


「冗談がその域を超えてるけどな」


「……むぅ、まだ引きずってるんですかぁ」


「あぁ、もう分かったよ……」


「えらいえらいっ」


 そう言うと、彼女は少し背伸びをして真正面から頭を撫でた。

 俺はもう子供でもないんだがなぁ……案外、悪くないけど。


「やめろっ——」


「うわっ、いらないの? なでなで?」


「子供じゃねえからなっ」


「ははっ、大きい子供」


「だから子供じゃねえって……」


「へへっ、面白――い」


 まったく、ニコニコしやがって。俺は何も面白くはない。

 

「あ、先輩っ、本題言うの忘れてたんですけど——いいですかね?」


「ん、なんだ?」


「もうそろそろ、花火大会ありますよね?」


「花火大会? あぁ、8月の……ってまだ一か月以上も先だぞ」


「そうです、それそれ! 一緒に行きませんか? 一緒に?」


「俺と、白瀬でか?」


「はいっ! どうですか?」


 どうってなぁ……それまで生きる保証はないんだけどなぁ。

 ……まあ、でも。さすがにここまで笑み満々で期待満ち溢れた表情されたらなぁ。


「まぁ……仕方ないなぁ、分かったよ。それまでな」


「はい、じゃあよろしくで! 私、講義あるのでっ! ではまた私の家で‼‼」


「え、なんで白瀬の家——っておい‼‼」


「じゃぁ~~‼‼」


 そう言い捨てて、去っていく白瀬。少し見えた横顔がほのかに赤かったのは俺の気のせいか分からないが、その笑顔はそれなりに嬉しそうだった。


 まあ、あいつのことだからいつも笑っているんだけど。


 ほんと、はた迷惑な奴だ。








 あとがき


 投稿が遅れていますが一応簡潔に向かっっているのでご安心を! 

 どうか星1からでもいいので星評価、フォローもよろしくお願いします。


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