2「え、年上なんですか? 留年したんですか!?」


「そういえば、君って何年生なんだっけ?」


 早朝、普段なら起きもしない時間帯に目がぱっちりしている俺の目の前で食パンを加える彼女は吐き捨てるようにそう言った。


「俺の?」


「うん、もちろん。ていうか、君しかいないじゃん」


「まぁ、そうだが……一応?」


「うわ、こっわ。もしかして、後ろとかにいるの?」


「いないよ…………でもまあ。少なくとも、霊感のない俺から見たらな」


「そういう言い方、気に食わないなぁ、ほんと」


「どこらへんかだ?」


「ん、なんか意味深なところ? 今すぐにでも死にそうだし、すっごく興味なさそうな言い方が気に食わない


「それはまぁ、今すぐにでも死にたいからし、どうでもいいからな」


「……ですよね~~、絶対に君とは付き合わない、私。決めたっ」


「告白してもないのに振られたんだけど俺」


「はっは~~ん。絶対、君、彼女が出来たら死なないでしょ?」


「それはまあ、当たり前だろ? おっぱいを10万回ほどモミモミしなきゃ死ねないからな‼‼」


「歪んでるねぇ~~」


 苦笑しながら、パンにジャムを縫っていく彼女。

 あ、そういえば! みたいな顔をして俺の方を見つめた。


「ん、なに?」


「ていうか私、当初の話してなかったじゃん」


「あぁ、そうだな。俺は大学一年生だぞ?」


「え、そうなの⁉」


「なんでそんなに驚いてるんだよ……」


「いや、だって……もっと老けているのかと。というか老けてるし」


「ひど」


「だって事実」


「ひどすぎ」


「すみませ~~ん」


 普通に謝れないのか、口にパン入れながら言いやがって。


 デリカシーがないのか、こいつは。

 こいつ……こいつ……こいつ。


 黒髪美少女、黒髪天使……って何を俺は命名してるんだ?


 そういえば、俺ってこいつの名前知らないな。


「なぁ、そういえば俺たち……名前も知らないよな?」


「ん……あぁ、確かに」


 ていうか、普通に考えて名前も歳も分からんやつの家に居座っている俺って――――あぁ、これさっきも考えたか。にしても、やばいけど。


「じゃあ、先にどーぞ」


「はいよ……俺は柊誠ひいらぎまこと、20歳の大学一年生だ」


「……え、まじ、先輩!? 年上!?」


 本当にデリカシーないんだな、この黒髪天使。


 普通、歳が違ったら浪人とか留年とか考えるだろうに……まぁ、普通一年生で留年なんてないが、少なくともそういうやつはいるのだ。


「ああ、そうだよ」


「なんですか、浪人ですか? もしくは留年?」


「留年だ」


「いやはやびっくりですっ。世にはいるんですね、三流私立大学で留年なんかしちゃう人……あ、でもそれじゃあ浪人も一緒か」


「一人で納得するんじゃねえ……本当に失礼だぞ」


「えぇ~~いいじゃないですか、ここには私たちしかいませんし」


「……はぁ……ここまできたらもう何も言えないな」


「あ~~それ、よく言われます! しかも最近は友達から黒髪天使とか言われますし、個人的には心外です!」


 でしょうね。

 だって、発言が容姿に似合ってないもん。


 まぁ、だからこそ、黒髪天使って呼ばれるのかねぇ。悪口を潜ませた誉め言葉っていうか、そういう友達も結構皮肉を言うんだな。


「まぁ、そんなのどっちでもよくて……名前は?」


「うぅ……冷たいですよ」


「いいんだ、元々死につもりだったんだ。いずれ死ぬし、冷たいくらいがちょうどいいだろ?」


「はいはい、言い訳乙。私は白瀬梨乃しらせなしの、18歳の大学一年生で~~す」


「へぇ、梨乃って言うのか。意外だな」


「ダメですか?」


「いや、そういうわけじゃないが——顔的に詩織とか静香かなって」


「何その偏見……」


 貴様に言われたくないわい。


「いいだろ、別に……」


「まぁ、そうかもですね」


「おう……そういえばさ、俺、聞いてみたいんだけどさ」


「はい、何でしょうか?」


「何でさっきから……俺に敬語を使ってるんだ?」


「え、それは……先輩ですし?」


 先輩って、同じ学年だけどなぁ。それにさっきまでためで話していたのに急に変えられるとこっちも困る。


 俺も俺で、敬語でしゃべってほしいとは思わないし、別に仲良くなりたいとも思ってはいないが引いてしゃべられるのは個人的には好きじゃない。


「敬語じゃなくてもいいんだぞ? 個人的には、あまり敬語で話しかけられるのは好きじゃない」

 

「意外ですね、私はてっきり男子学生はみんな、後輩女子から「せんぱぁい、おちんちん大好きです!」って言われたいのかと……」


「痴女やんけ、嫌やわ」


「えぇ~~、せっかくだから私もしてあげようと思ってたのに~~」


 え、マジですか?

 冥途の土産にフ〇ラしてくれるのか‼‼


「いいの⁉」


「なわけないじゃん」


「ですよね~~」


「まぁ、でも……せっかくだから一緒に大学行くくらいならいいですよ?」


「いや、行かないのかよ」


 突っ込んだ俺をなんのその。


 ニヤッと笑みを浮かべて、パツパツな胸を揺らしながら台所で皿洗いをしに行った白瀬さんをぼ――と見つめていた俺はふと、我に返った。


 このまま美少女と同棲できんものか。

 好きってわけでもないが、案外落ち着く。


 まあでも……俺は明日にでも自殺するし、どうでもいいか。

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