第2話
「久しぶり」
久しぶり、と言っても浅山とは、たま会っていたので実質二ヶ月ぶりだが、この夏で浅山は、前見たよりも人懐っこい雰囲気になっていた。
女子に羨ましがられていた白肌も、ほんのりと小麦色になっている。
元気してた?と聞くと。まぁね、と返された。端正な彼の目元は再会をめいっぱい喜んでいた。
他愛ない話をしながら、足は自然と浅山の家の方に向かっていった。
いつも通り。あのアニメが、話題のラノベが、最近買った漫画が。
勉強の話はしなかった。
浅山の家は金魚屋を営んでいる。
金魚が好きな人にとってはそこそこ有名な店らしく、手狭な店内の中に所狭しと並べられる金魚目当てに、県外から客が来ることもあった。
薄暗く、ひんやりとした店内に水槽が並び、無機質なモーター音がぼんやりと響く。
夏場、浅山の家には大体アイスクリームがあった。一箱5本130円位で、牛のイラストが大きく書かれたミルクアイス。
待っててね、と浅山がローファーを脱いで家の奥へ消える。
ローファーは所々革が擦り切れておりボロボロだ、彼いわく兄のお下がりらしかった。
透明な液体の中に入り店内の空中を右往左往する金魚達を眺めていると、浅山がアイスと、たまに少年誌を持ってくる。
彼がいいと言った漫画は大体有名になった。
中学校帰りに浅山の家の食べるアイスが楽しみだった。
「ちょって待っててね」
いつも通りだった。スニーカーが脱ぎ捨てられ、浅山は家の奥へ消えていった。使い古されたスニーカーは彼の足には少し大きく、キツめに靴紐が結ばれている。
ボーッっとモーター音が店内に響いている。
何も変わったところはなかった。いつものように金魚は意味もなく行ったり、来たり、水槽の中で泳いでいる。
おまたせ、と浅山がアイスと少年誌を持ってきた。
僕は息を吸い込んだ。
「浅山はさ、学校ってどうなの?」
そう言った。直前ギリギリまでかかって喉にぴったり張り付いた舌をやっとの事で剥がした。怖かった。できるだけ早くこの話題を済ませておきたかった。
「凄く楽しいよ。」
浅山は答えた。
嬉しそうだった。
照れくさそうに俯いた。
良かったじゃん、上手くやってそうで、本当に良かった。そう言った。
空元気とも、本心とも、分からない感情が。いつもの5倍の酸素が胸から押し出されたような気がした。
彼は続けた。
「皆凄い優しくて、遊び誘ってくれたり」
そう彼は言った。ほら、と遠慮がちに液晶の眩しい光が眼前に現れる。友達らしき人、数人とカラオケにいる浅山だった。
ピースサインなんてしていて、なんだか無理しているみたいだ。
「良かったじゃん。」
もう1回、今度は呟くように言った。できる限り嬉しそうに言った。
だけど浅山の方を見ることができず、目の前のカップに視線を逃がした。
カップの中には魚が1匹いた。綺麗な魚だった。
青くて美しいヒレを持ったその魚は、"ベタ"という名札を掲げて、ヒラヒラとカップの中で泳いでいた。
「それはベタだよ。」
僕の視線が魚に向いている事に気づいたらしく、彼は言った。
「近くで見る?」
僕に伺うように彼が僕の目を覗き込んだ。
人の目を覗き込むのは彼の癖だった。目を見たってその人が何を考えてるなんてわかりっこないのに。
じゃあ、とカップの近くへ行く。
申し訳程度の水草の間をベタは泳いでいる。
「ベタはね、熱帯魚で凄い綺麗なヒレを持っているんだ。だから凄い人気なんだけど、凶暴で、同じ水槽に2匹以上入れたら縄張り争いを始めちゃうから、こうやって1匹ずつカップに入れて飼育してるんだ。」
「へえ...」
こんなに可愛らしい見た目をしていて、凶暴なんて意外だ。僕はベタの事が少しだけ怖くなった。ベタはそんなことは露知らず、カップの中でフリルドレスのようなヒレを舞わせ悠々と泳いでいる。
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修正しました。何度も申し訳ないです。
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