僕ら水槽の中で

古屋 裕貴

第1話

第一志望に合格した。


県内トップの高校で、毎年何人もの東大合格者を送り出しているような学校だ。

かなりの努力をした、頑張って、頑張って、頑張って、ようやくギリギリで勝ち取った合格だった。


勉強は結構得意だった。

中学の頃はテストで学年5位以内を取るのが当たり前で、模試だって数学ならたまに満点を取る事だってあった。

僕の唯一の誇りだった。


そんな僕も高校生になった。

入学式では先生から東大や京大を目指すように言われた。

やってやる、輝かしい栄光がこんなにも近く、届くような場所あるような気がした。



6月の校内模試。ここで思い知らされた。

問題は難しかった、結果は全科目平均点より少し下くらい。

やはり県内トップ。覚悟はしていたつもりだが上は青天井で、敵わないような天才って居るんだなと、学年順位を見てそう思った。

自分なりの努力はしたが、ダメで学年の順位は下から数えた方がはるかに早かった。


そこからはもう、なんだか。


そこにあった僕の誇りなんてものは掃き捨てられて。

学校にはイケメンとか、何ヶ国語も喋れるやつとか、めちゃくちゃ友達居るやつとか、色んな人がいたけど、みんなみんな僕よりも頭が良かった。

対比するようにただただなんにもない、僕がいた。


勉強机に座るのも億劫な気持ちと、その間にも進んでいくクラスメイトに置いてかれる恐ろしさが僕にはとても辛くて。


時間だけが泥のように進んで、夏休みが来た。


学校に行かなくていいって言うのは精神的に楽で、一日中寝ていたり、ラノベを読んだりしていた。課題はなかなか手を付けられずにいた。


ラノベは面白かった。

冴えない主人公が可愛い女の子に囲まれたり、涼しい顔で世界を救う物語。

ピタリと思い通りにピースが当てはまるように何もかも全てが上手くいく万能感があり、薬物のように僕の脳みそを溶かした。

主人公が成功する度、事が自分の思い通りに進んで行くような、そんな気分が、空洞となった僕の中に満たされた。


どこかで聞きかじった話だが「売れるラノベの法則」というもので、困難や苦難の描写を無くしなさい。というものがあるらしい。

なぜなら困難の描写を書こうものなら読者が離れていくからだ。

中々的を射ていると思う。


辛い試練や襲い来るピンチに負けずに乗り越えていく、そんな主人公はどうにも眩しすぎる。


困難から逃げてるから、困難に立ち向かう人に後暗さがあるんだろうな。

中途半端な巻数で止まった少年誌の漫画が無言でそう僕に訴えかけた。



ポン。

メッセージアプリの通知音が流れた。

自分にメッセージを送るような美少女を記憶の中から探したが特に思い当たる節はなかった。

初期設定のアイコンにフルネーム。

高校生のものにしてはあまりにも飾り気のない物に、僕は見覚えがあった。



「浅山か...」


浅山は中学で一番仲が良かった友達だ、中学の時は割と勉強ができる印象だったが、偏差値53のここら辺で3番手位の高校に通っている。

運動は僕に負けず劣らず出来なかったし、かなりの人見知りで気弱なやつであったが、幅が広い二重と涙袋に縁取られた目に、色白なのもあって、女子から「浅山くんって結構イケメンじゃない?」などとヒソヒソ言われているのをたまに耳にした。


趣味が似通っていたこと、金魚屋を営んでいる彼の家と近かったこともあってか、浅山とは3年間ずっと仲が良かった。


「良かったら夏休み中遊ばない?僕はいつでも空いてるから」


空色の背景にくっきりと白いフキダシが浮かび上がっている。

気弱な性格もあり、メッセージを送ることを躊躇いがちな彼から遊びに誘われるのは純粋に嬉しく、二つ返事で承諾すると、じゃあ明後日家に行くからと返事を貰った。



中学の頃は陽キャが教室を支配していて、いじめこそされなかったが僕らは少し浮いていたと思う。

そんなバカ騒ぎすることしか出来ない連中が居る環境から抜け出したいと言う一心で勉強に励んだが、今思えば放課後に浅山の家で好きなアニメや漫画の話をしたり、金魚を眺める時間が幸せで、中学の時が人生の頂点だったなと、ふとそんなことを思った。



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9月10日若干修正しました。




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