第43話 初めてのオンセン
海から帰ってきた翌日、私と竜也、ママさんに
始めはクネクネと蛇のように右へ左へとカーブの続く道でしたが、途中からはまるで崖を削って道を作ったような、右側は壁、左側は断崖と言うとんでもない道になっていきました。
『だから嫌なの~』
竜也ママはずっとこんな調子で車をゆっくりと目的地へと進めていました。秘境だけあって対向してくる車はほぼ無く、そもそも車一台よりも少しだけ幅がある道なので、車がすれ違うには道中数か所設けられた、すれ違い用の逃げ場所に車を止める必要があるのです。
自宅を出発してから、車で2時間もかけてようやく到着したその温泉郷は、夏場しか営業していないだけあって、ひっそりと佇む2棟の旅館といくつかの建物しか無く、そのシンプルな構造にこれぞ日本の秘境に相応しいと思わせてくれます。
しかし、到着と同時にトラブルが発生します。
『どうしよう…駐車場…一台分しか無い…。』
竜也ママの言葉に、私は窓から外を見てみますが、駐車場に車がいっぱいになっているわけではなく、この日に限って車がまるで歯抜けのように1台分の隙間を空けて停まっているのです。
『あ~母さん何年運転してても、駐車だけは前側駐車だったよねぇ…。』
『そうそう。私は最近教習行き始めたばかりだし…。無理よ?』
ママさんは困り果てて、なかなか駐車場から先に進めません。
「あの…私…やりますか?その…駐車…やれますけど…。」
『へ?』
『いやいやシェリー。僕らまだ高校生で免許なんて持ってないでしょ?』
と竜也は言います。しかし、それは日本のお話。私は自分のポシェットから一枚のカードを取り出しました。それはアメリカ発行のドライバーライセンス、つまり免許証です。
『えええええ!?なになに!?アメリカの免許証じゃない!』
私の免許証に、
「アメリカは、16歳でライセンス取れる。私はカルフォルニアだから、17歳にならないと運転…できないけど、16歳で免許取れるアイダホまで行って、ライセンス発行はしてきた…。日本では運転できない…けど、道路じゃなければ…大丈夫…多分」
とは言え、私が運転の練習をしていたのは現地の車であり左ハンドル。ママさんの車は日本特有のとてもコンパクトな作りで右ハンドル。基本的な構造は恐らく一緒なのでしょうが、それでも私自身少し不安はありました。
ということで、私が運転席に座り、他3人が外で周りを確認することになりました。
(と言うか…これならママさんでもできるのでは?)
私はそう思いながらも、ゆっくりとバックで駐車場の空きスペースへと入れていきます。ほんの僅かな時間でしたが、私は日本の車を初体験する事になったのです。
『ありがとう~シェリーちゃん。ねぇ次も一緒にお出かけした時やってくれる?』
『母さんも、バックくらい練習しろっつ~の』
「ママさん、ファイトです」
(まぁ…少しだけ斜めに駐車しちゃったけど…。大丈夫…よね。)
安堵の表情を浮かべるママさんは、本当に駐車場入れが苦手なのだろうと私は思いました。そんな危機を乗り越えて、私達はようやく温泉街へと入ることができました。
温泉街と言っても、最初に入湯料を支払う受付や売店、旅館が2棟が並んでいるくらいです。私達は受付を済ませると、
着いたところは脱衣所が男女別れており、私達3人と竜也はそれぞれの性別にそって進んでいきました。
「竜也、一人で入る?」
『そうね…ふふふ。』
なにやら、
「おー、ジャパニーズスパ。素晴らしい。」
露天風呂とはつまり、外でお風呂を楽しむ施設のこと。すぐ眼下には川が流れているのが見え、流れる水の音と風に揺られる枝葉の音が、とても心地よい空間を演出しています。
「ん?皆さん、タオル…は?」
『あ~温泉入るときは、お湯にタオルは入れないのよ~』
(へぇ…それが日本での温泉ルールなのですね…。)
先に脱ぎ終えた二人を追うように、私も湯船へと進もうとした矢先でした。
『あ…。』
「あ…。」
なんと、更衣室と思っていたその場所は、ただ屋根がかかっているのと、棚が向かい違いに設置されているだけで、男女の湯船への出口は同じだったのです。
(なんで!?なんで!?なんで!?)
久しぶりに見てしまった竜也の裸に、思わず私は顔が真っ赤になってしまいましたが、それは竜也も同じでした。
『す…すまん。黙ってて、ここな…混浴って言って、男女が…同じ風呂に入るんだよ』
「ええええ!?」
こんなに恥ずかしい事はありません。ただでさえ女性同士でも恥ずかしい共同入浴なのに、竜也も一緒なら恥ずかしさは倍増です。しかもよく見ると湯船には二人の年配男性も入浴中ではありませんか。
『ほう…これは珍しい。外人さんがやってくるなんての』
『みんなべっぴんさんでねぇか。いや~今日は良い日じゃの』
二人のご老体の視線が、明らかに私達に向いているのは間違いありませんでしたが、ここまで来たらもう湯船に早く入るしかありませんでした。
温泉の特性上、お湯は少しだけヌルヌルして濁っていたので、入ってしまえば肉体的な視界を遮る事はできました。
(…熱い…。)
岩肌を伝って流れ落ちてくる源泉かけ流しのお湯の温度は高く、ようやく日本式の入浴に慣れたばかりの私の体はすぐに温まってきます。竜也も私が入浴してすぐに入ってきましたが、すぐに私の視線の前に座りました。
それは竜也なりの心配りでした。少しでも他の人に私達の裸を見せないように…と。
(竜也…Thank you…。)
そんなジェントルメンな竜也に私は、小声でそう伝えるのでした。
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