第40話 夏休みと言えば、海なのです。その2

 翌日、私達は朝一に出発し、1時間半ほどかけて峠を越えた先にある海水浴場にやってきました。

 この砂浜は、かつて日本の大地震によって引き起こされた津波によって、大半の砂が海に流出し消滅してしまったそうですが、自治体の賢明な復旧作業の末、ようやく海開きができるほど回復したと聞いています。


「わ~お。素敵」

『聞いてた以上に広いんだな。震災前も来た事あるらしいけど、小さかったからよく覚えてないんだよね。』


『そうね。昔はもっと広かったんだから。ほらあそこなんて、壊れた堤防の跡とかまだ残ってるでしょ?』


 私は日本の大災害をニュースでしか見たことがなく、当事者でも無いし幼かったので、ざっくりとした印象しか覚えていません。授業でもアメリカの歴史は学びましたが、日本の歴史は留学後に現在進行系で習っている程度。こんな傷跡痛々しい風景を見ても、感傷に浸るほどのものではありませんでした。


 車に積んできた荷物を下ろし、適当な場所で着替え兼日除けの簡易テントを広げると、竜也は早速中に入って既に着用してきた水着姿へと変わっていました。

 私はと言うと…正直水着姿になるのを躊躇ためらっていました。ここに来る数日前、ママさんと共に水着を購入したのですが、それがとても大変だったからです。


(こんな傷跡がなければ…、もっと大胆な水着が買えたんだけどなぁ…)


 竜也は既に知っていますが、私の上半身はすくすくと成長を遂げているとはいえ、手術痕の全てがそれらを台無しにしていると、自分自身で感じていました。結局選んだ水着は、大腿部以下のみの露出で、上半身はそれでも頑張ってお洒落にしたラッシュガードを傷隠しにするしかありませんでした。


「竜也…どう…かな?…。」


 竜也の前で水着姿を見せるのは今回が初めて。学校の水泳授業は男女分かれてしまうため、校内で水着を見せる事はありませんでした。



『めっちゃ素敵…。いいじゃんそれ。』

「やっぱり…恥ずかしい…ね」


 ラッシュガードを着ているとはいえ、たわわに育った胸はその谷間を大胆に覗かせていましたので、恥ずかしい事に変わりありませんでした。


『ほ~らやっぱり、言った通りでしょう?シェリーちゃん。竜也はこ~ゆ~のがお好みだって。』

『やっぱりって…母さん…。やめてくれよ人の性癖勝手に解釈するの』


 竜也は耳まで真っ赤にして母親に反論しています。


『お…俺、ちょっと売店見てくる…。』

『んじゃ竜也、ついでに車へ行ってクーラーボックスも持ってきてくれる?』


 そう言って、ママさんは竜也に車の鍵を手渡す。竜也がその場を離れている間、私はサンダルflip flopsを履いて浜辺を歩いてみました。


(ん〜。海風が気持ちいい。)


 昨日よりは雲が多め、しかし青空が適度に広がり、時折見せる太陽のジリジリとした熱波が私を攻撃してきます。


(流石にマスクしたままだと、変な焼け方になりそうだし、やっぱり日焼け止めを塗ろうかな)


 そう思って簡易テントに戻ろうとした時でした。


『お?おねーさんどっから来たん?』

『めっちゃ可愛いやん、今一人なの?』


 二人組の見知らぬ男性が私に近づいてきました。一人は肌が褐色に焼けて、それなりに鍛えた上半身にハーフパンツタイプの水着を着て、マスクを着用せず顎髭を生やした顔の印象。もう一人は砂浜にいる割には色白で、痩せ型なのにお腹だけぽっこり膨らんだ歪な体型、顔ならもう一人に負けてないほど整っていました。


(はぁ…。面倒な人が来ちゃったなぁ…。)


 私はマスクをしていますが、自分で鏡を見ても

日本人には絶対に見えないと思っているので、彼らにも私が外国人である事が分かったうえで話しかけているのだとすぐ分かりました。そこで私は一番手っ取り早い方法を取ることにしました。


「Sorry. please say it again. this time in english.」


 ニコリと笑いながら英語で話しかけたのです。


『やっべ…ガチ英語じゃん。なぁ今なんて言ったか分かるか?』

『イングリッシュって言ってるし、ソーリーはごめんなさいだろ?えっと…。』


 たったこれだけの英語も分からず、外国人に話しかける日本人は、外国人と友人になれる資格なんて無いんじゃないかと、心の中ではとても愉快な気分です。


(ふふ、何相談してるかは、こっちは完全に理解してるって思わないのかな)


 結局、男性二人は私に対して大体の日本人なら知っているであろう「sorry」を連呼しながらその場を去って行きました。


(あ~あ、日本の英語授業も結構レベル低いけど、本当に話せない日本人は多いんだなぁ…。)


 そもそも体が弱く幼い頃から外に出歩くことが少なかった私にとって、アメリカでも日本でも人生初の異性からされる出来事だったのに、既に付き合っている男性がいるこの状況では、特にドキドキ感が無かったのはとても残念でした。

 そのままテントまで戻ると、竜也が凄い勢いでクーラーボックス抱えて戻ってきました。


『(※英)シェリー、大丈夫?彼らは何?』

「(※英)竜也、あ~なんか誘ってたようだけど、英語で話しかけたら…逃げちゃった。」


 私は両手を天に向けるリアクションで、今の状況が謎めいていることを示すと、竜也は少し安心した表情を見せていました。そして、私達は日焼け止めを塗るために簡易テントへ入りました。

 そこで竜也は、入り口を閉めるなり急に私へキスをしてきました。


「ん~竜也…どうした?急に…ん~」

『あいつら…をナンパしやがって…。ぜってー許さん。』


 竜也の口からそんな嫉妬めいた言葉が出て、私はドキッとさせられました。


(もう…大丈夫だってば…、私には竜也しか見えてないんだから…)


 私はそう心に秘めながら、もう一度竜也にキスをしました。


『はぁ…あなた達、親の目の前でイチャイチャしない…。』


『あ…』

「あ…」


 竜也からキスされたとはいえ、ママさんの事が見えて無いまま行動してしまった私達の顔は、ようやく自覚した羞恥心から、真っ赤になってしまいました。

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