第39話 夏休みと言えば、海なのです。

「初めまして…。よ…よろしく…お願いします…。」


 夏休みに入り、私と竜也、ママさんの三人で、竜也ママさんの実家に来ております。


『あら、たっちゃん。可愛い彼女さんねぇ。外国の方なの?』

「nice to meet you。シェリー言います。」


『娘から聞いてますよ。これも運命なのね。』


 日本のお祖母ばあ様は、竜也ママのお母さん。私の事情も聞いているらしく、気さくに話しかけてくれました。

 ここに来た理由は、私達が住む街と海のある街の中間に位置しているためで、竜也ママの仕事の都合があって前日はここに泊まって、翌日に海へ向かう予定なのです。

 そう、今回の目的は、家族で海に行くこと。この地方の海は、泳げる期間がとても短いため、日本で言うところの夏休み期間が一番良い季節なのです。


(竜也ママのご実家、とても古い。階段も凄い角度。私が知らない日本がここにある。)


 竜也のお祖母様はご高齢で、自宅の2階はほとんど使用しておらず、お祖父じい様が亡くなってからは、竜也ママが定期的に顔を出しては、部屋の掃除などをして維持しているそうです。


『ごめんないねシェリーちゃん、お掃除のお手伝いまでお願いしちゃって。』

「No problem。ママさん。」


 多少の埃や蜘蛛の巣など、昔なら苦手だった掃除も、今なら何故か積極的に参加できてしまう。健康な体になったからなのか、それとも心臓移植の影響なのかは分かりませんが、こうして体を動かせる幸せを実感できるのも、私自身の心境の変化なのでしょう。


 日本の収納であるには、しばらく使っていないであろう和風の布団がぎっしりと詰め込まれていて、それらを一枚一枚取り出しては、ベランダの手すりに掛けていきます。


『シェリーちゃん、重くない?』

「平気、です。」


 竜也のお祖母様は、孫が連れて来た初めての彼女だからか、とても丁寧に接してくれます。

 布団を掛け終わると、次は不思議な棒で布団をポンポン叩いていきます。


(何故、布団を叩くのたろうか?)


 そう思いつつ、私は言われた通りにしていきます。暑い日差しの中、叩いた布団から勢いよく埃が舞っていきます。

 しばらく叩いていたら、お祖母様が私の元へやってくると、ポンポンと肩を叩きました。


『シェリーちゃん、にすんべ?』


(え?)


 そう言われて私は驚きました。


(イヤイヤ、私はまだ未成年よ?タバコ?スモーキング?意味分からない)


 しかし、笑顔でリビングに案内されるや、そこには和菓子と緑茶を入れるポットがありました。


「これ??」

『んだ、。あー。おやつ。分かる?』


も意味が分からない。)


 困惑する私の前に、竜也とママさんも到着しました。


『シェリー、休憩レストって事だよ。婆ちゃん、さすがには通じないわ。』


「お、おう。レストね。びっくりした。日本語、む、難しいね」


 あとから聞いた話、とは、この地方の方言でと言うらしいのですが、アメリカにはそれすら無く、私はこれらを要約してであると覚えることにしました。


 その日の夕飯、竜也ママの生家で振る舞われたのは焼肉でした。


「変わった形のパンね…。」


『パン?んにゃ。これはジンギスカン鍋なさ。』

『ああ、婆ちゃん、英語だとそうなるんだよ。』


「おう…、ジ…ジンギス…カン?」


『子羊の肉を焼く料理の事だよ。頭に乗せれるような形してるだろ?』

「ん、ん。」

『昔、兜脱いでその上で焼いたってのが発祥オリジンらしい。』


「おう。言われてみれば…。日本の料理…不思議。」


 初めて食べる日本の肉料理。子羊の肉は肉食文化のアメリカでもニュージーランドから肉を輸入はしているようですが、家庭の食卓に出てくるのは稀。私も実は食べたことがありませんでした。

 まだ箸の使い方に慣れない私のために、竜也が丁寧に両面を焼いた子羊の肉を私のお皿に取り分けてくれました。肉から漂う独特の香りは、昔の私なら少し敬遠しがちなものでしたが、竜也がいる前でそれはできなかったので、勇気を振り絞ってつけダレに潜らせた肉を口の中へ運んで噛みしめる。


「ん~~~。柔らかい。」


 タレの味がとても濃く、それでいて特製パンの形状から油がほどよく落ちているのか、その肉質はとても柔らかく食べやすい。


『そか、うめぇか。えがった、えがった。もっとおあがり』


 お祖母ばあ様も、私の顔で全てを察したかのように柔らかい笑顔を見せています。


(これは祖国の皆に伝えなきゃね…。)


 私はまたひとつ、日本の味を知るのでした。


 一つだけ不満があると言えば、とても古いお家だからこそなのでしょう、ママさんのご実家にはWi-Fiが無くて、自分の持っているスマホでは通信ができなくて、とても困りました。


 そこで私は竜也と共に、近くのコンビニエンスストアまで足を運び、そこでようやく家族への定期連絡をする事ができました。


(確かに、普段はお祖母様が一人で過ごしているのに、Wi-Fiの必要は無いのか。)


 これも文化の違いなのでしょうか。

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