第08話 運命の…出会い。

(美味い!!)


 日本食の駅弁はとても美味しかった。心臓移植から2年、それまで魚介類・野菜など好き嫌いの激しかった私が、全く意識せずに食事ができるようなったのは、今でも不思議に思っている。(でも、生ものは細菌感染の可能性があるため食べられません。)

 母が言うには、移植直後の私は不思議な言動が多かったと聞いているし、実際を残すくらいだから、本当におかしかったのだろう。


(ま…日本食のお弁当も美味しく食べられるのだから、私にとってはプラスでしかない。)


 今のところ移植後の大きな健康障害も無く、少し走る程度ならできるようになった。マイナスに感じるのは毎日飲む薬、そして食生活の改善。それも慣れれば前向きに感じられる。

 私は窓際の席から高速に流れる風景を見ながら、少しウトウトとし始めていました。


(いけない…途中で寝てしまったら、降りるべき駅を間違えてしまうかもしれない。)


 考えてみれば、飛行機から下りて以降、まともに睡眠が取れていない。少しでも緊張の糸が切れたら最後、終点まで寝てしまいそうになるのが怖くなり、私は一層気を引き締める。


(マイク兄さんは大丈夫だろうか…。ちゃんと本国アメリカに帰れるよね…。)


 風景から車内へ目を向けると、お隣の出来からかわいい男の子が、私をじっと見つめている。私はふっと笑顔で手を降って見せると、男の子も急に笑顔になり、私に手を振り返してくる。すると、私の片目からピリッと痛みが走る。


(いっつぅぅぅ。そういえば、コンタクトしばらく付けっぱなしだった…。目が…ゴロゴロする)


 オッドアイで片目の視力が極端に低い私は、度入りのカラーコンタクトを常に装着している。本来、寝る前には一旦外しメガネを使用するのだが、アメリカ出発から現在まで24時間を超える勢いで連続使用中。本当であれば、東京付近のホテルで一泊する予定だったので、とりあえず応急として目薬をさして対応する。


(はぁ…これ以上視力が落ちたら、本当に片目が失明しちゃうかも…)


 早く目的を達成してホテルで休みたい。そんな願いも虚しく、日本の新幹線は走り続けます。


《まもなく、…。…。…線はお乗り換えです。下り口、左側です。》


 新幹線に揺られること2時間以上。ついに私は目的の地へ降り立ちました。


 駅に降りる人はまばらで、お店も無い殺風景なホーム。長いエスカレーターを下りていくと少し広い駅構内に、食べ物屋が1件と雑貨屋が1件。そして、静かに響くよくわからないチャイム。


(ここが…私の無くした記憶に関係ある場所…。)


 これなら地元アメリカの駅の方が人が多い、と思うくらい待合室もガランとしている。駅構内を抜けて改札を出ると、日本特有の湿気と熱気の交じるだるような暑さが襲ってくる。


(ここにはタクシーとかいないのかしら…。)


 周囲を見回しても、出待ちのタクシーが見当たらない。駅員に聞いてみると、反対側の出口がタクシー乗り場だと、親切に教えてくれました。

 タクシーに乗る前に、私は再度メモを確認しました。


『徒歩でも行けるが、タクシーかバスを使った方が疲れないし確実だよ。住所は…。』


… … …。


 肝心な住所部分で、インクが掠れてよく読み取れない。何度も何度も書こうとした形跡が見てとれるが、そのページはそこで終わっていました。


(むう…。ペンのインクが切れたとは言え、書き直さないとかあり得ないー!きっとこれは、未来の私へ嫌がらせしてるに違いないわ。)


 住所ははっきりしませんでしたが、ヒントらしきところはありました。


『近くに湖があり、毎年の冬には白鳥が飛来する事で有名だ。冬に訪れたなら、見に行っても良いと思う。もし夏に訪れても、飛べなくなった白鳥が数羽いるから、全く居ないわけじゃ無いから安心してね。』


 つまり目的地は、白鳥の飛来地近くなのは間違いない。そして、建物の特徴も書いてある。


『庭に梅の木があり、2階建で外壁の白い家がある。』


(はぁ…これって軽く冒険よねぇ…。気温も高いし、長時間歩くのは正直厳しそう。と言うか梅の木知らないし。)


 タクシー乗り場を見つけると、そこには3台のタクシーが客待ちをしていました。先頭の車両へ向かうと、自動的にタクシーのドアが開いた。


(んわ!日本のタクシーって自動ドアなの!?)


 タクシーの運転手は私の大きな荷物を手際良く積んでくれます。これも日本人のサービス精神なのかしらと思いつつ、後部座席に乗り込みます。


『お客さま、外国の方のようですが、日本語は分かりますか?』

「あ、は、はい。えっと少しだけ。行き先、白鳥の見れる湖がある、そこに行きたいです。」


『白鳥、ああ、あそこですね。しかし今は夏場だから、ほとんど見れませんがいいですか?」


「はい…お願いします。」


 タクシーは駅前通りを走り、大きな道路へと繋がる。搭乗時間は10分ほどで、目的地に到着しました。


『毎度、ありがとうございます。』

「ご苦労さまです。」


 やっぱり私の容姿が気になるのか、運転手さんはどこかご機嫌な様子で、私からお金を受け取ると、荷物を丁寧に下ろしてくれました。


(ここが…白鳥の飛来地…)


 それほど大きな湖ではないけれど、確かに3羽ほどの白鳥が、対岸を泳いでいるのが見えます。


(他にヒントは無いのかしら)


 私はメモを開き、目を通します。


(これはどうだろう。)


『近所には小学校がある。中学校では無い』


(もはや、メモ書きが謎かけになっている気がする。)


 そう思いつつ、私は歩き始めました。重い荷物を持ちながら歩くのは、昔の私だったら絶対に出来なかった。今の心臓にはとても感謝している。

 少し歩いただけで、学校らしき建物はすぐ見つかった。しかし身長の感じから、自分と年齢が近い容姿の生徒が多かった。


(ここは…多分、ジュニアハイスクールね…。って事は違う…かな。)


 時間的に丁度、下校の時間かも知れない帰りの生徒に、校庭には様々なスポーツに汗を流す生徒もいました。


(アクティビティをやってる人が多い…、日本ってそんなに運動が盛んなのかしら。)


 日本は知れば知るほど不思議な国だと思う。アメリカではスポーツをやるなら成績も優秀でなければなりません。レギュラーを取るために頑張るのではなく、始めからレギュラーしか採用しない合理的配慮があるからです。


(練習したって無駄な事もある。私のように激しい運動ができない人間は、放課後になったら家に帰るだけよ。)


 大きな道なりに辺りを見回しながら進んでいく。すると、再び大きな建物が見えてくる。校門と思われるところからは、自分より更に若い子が出て来るのが見える。


(あんな子供だけで帰るの!?信じられない。大人が迎えに来ないの!?)


 私はそんな下校風景に興味を持ち、校門まで行きたくなりました。通り過ぎていく子供達は、私に元気よく挨拶をしていく。私も笑顔で子供達(私も子供だけど)に手を振ってあげます。


 そんなやり取りをしているうちに、私はすっかり住宅街のど真ん中に立っていました。


(オウ…ノー。完全に道に迷っている…。)


 少ししか歩いていないと思っていたのに、足はズキズキ痛く、腕も重い荷物でパンパンになっている。そんな満身創痍な私は、地理感の無い日本で完全に迷子になってしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る