第09話 運命の…出会い。

 過去の自分が残したメモを元に、日本に来たは良かったが、見知らぬ土地で迷子になった私。タクシーなんて道路に走っているわけでもなく、恐らく一番ホテルが建っていたであろう駅前にも帰れない。


(はぁ…暑いし、疲れるし、道に迷うし…。)


 おまけに眠気も出てきて気分は最悪。それでも私は、目的の地を探して住宅街を歩きます。

 しかしついに私は体力的にも限界になり、大きな鞄を抱きかかえるように倒れ込みました。

 意識も朦朧としてくる中、誰かに声を掛けられているような気がしました。


『お姉さん、大丈夫ですか?』

『なあ、竜也たつやん家すぐ近くだろ?俺達も手伝うから運ぼうぜ。』

『ってか、めっちゃ美人じゃね?』

『救急車必要かな?』


 私の意識は、そこで途切れました。


 次に意識が戻った時、私はどこかの部屋に寝かされていました。周囲を見回しても誰も居ませんが、4枚の何か風景が描かれた仕切り板の向こうから、男性の声が楽しげに聞こえてくる。


『マジ、そのコンボえげつねぇな。』

『そうか?慣れれば簡単だそ?』

『あーー落ちたーー。』

『なぁ、今日はおばさん居ないんだっけ?』

『あぁ、母さんは午後から仕事だからな。何か食べていくか?』

『いいよ、結局コンビニ弁当だろ?誰、買いに行くんだよ。』

『ジャンケンで負けたやつ、もしくは次の対戦で負けた奴にすっか?』


 向こう側では日本語が凄く飛び交っている。私は自分の周りを確認する。荷物はある。縛られてはいない。両脇にタオルで巻かれた冷たい何かが挟まれている。


(冷たい…。気持ちいい。多分、氷が入っているのかな。)


 体は汗でびしょびしょ、自分の匂いも気になります。そして、今の自分は誰かに助けられたのだと感じました。

 私はゆっくり体を起こすと、仕切り板(?)の丸い取っ手に手をかけました。ゆっくりと横にスライドさせると、そこにはテレビゲームをプレイする4人の男性がいました。


『お!竜也、起きたみたいだぞ。』

『お姉さん、起きて平気?』


 私を見るなり、4人はすぐにゲームを中断させて私の前に駆け寄りました。


「(※英)ごめんなさい。皆さんにご迷惑をお掛けしました。」

『うお!マジ外人じゃん?やっべ、俺、英語苦手なんだよ。』


 私の英語に皆驚き、急にスクラムを組んで何かの相談を始めました。


『おい竜也、おめー英語が得意だったよな。通訳できるか?』

『いやいや、成績と話せるの違うから無理。しょうは?』

『ってか俺ら皆、中学校レベルだからダメじゃね?』


「…。」

(日本人の英語って、いくつになったら会話できるようになるんだろ?)


 私は相談話が丸々分かってしまうのに、中々こちらから話が切り出せなくなっていました。


(ん?そう言えば、タツヤって言ってたよね。)


 私はその名前に覚えがありました。


『私は日本に子供がいる。長男がタツヤ。長女がカレン。』

(そうだ。私のメモに書いてあった人!)


 そう思ったら、私は即行動に移していました。


「(※英)あなた、タツヤ?タツヤ サトゥー?」


『え?あ、ハイ。タツヤです。あ、マイネームイズ タツヤ サトウ。』


 よく見ると、4人いる男性の中でも中々の美男子。そして、恐らく彼が私の心臓を父に持つ息子さん。そう意識した途端、心臓がとんでもなくバクバクしてきました。


『え?何?竜也の知り合い?』

『いや、知らないよ。俺は外国行った事ねーし。』

『ちっくしょー。おめーだけいつもズルいぞ!』


 お友達の反応から、彼はとてもモテる人間なんだと、すぐ分かりました。しかしそんな事を考える余裕は既に無く、自然に涙が溢れていたことに気付きます。


『あーあ。泣かせたぞ?竜也。何とかしろよ』

『いや、何とかって言われても、分かんねーよ。』


 男性陣は私の涙に困惑しています。


『た…竜也。俺ら帰るわ。彼女、何としろよ?明日、色々聞かせてもらうわ。』

『そうだな、俺ら邪魔そうだしな。』

『ちょっ!お前ら、勉強はどーすんだよ!』

『家でやるわー。』


 竜也を残して、友人達は帰って行きました。その後はしばらく、気まずい雰囲気が室内を覆っていました。私はやっと落ち着いて、彼の顔をもう一度見ました。


『あー、俺、何かした…かな?あ、英語だと何て言うんだ?』


「ふふっ。」


 あまりの慌てように、私は笑いをこらえられませんでした。


「タツヤ、ダイジョブ。私、日本語、話せる、よ」


 すると、竜也も急に肩の力が抜けたように座りこみました。


『何だよ。日本語解んのか。すげー焦ったぞ。』

「ふふっ。ごめんなさい。皆さんの話に、入れなかった。初めまして。私の名前は、シェリー・ウィリアムズ。」


『あ、日本語に慣れてないのか。それは悪かったなシェリー…さん。じゃあ改めて…。俺の事知ってるのはどうしてかな』


 私は真実をどのくらいの範囲で話すか迷いましたが、部屋の中を見回して、父親らしき写真が飾られているのを見て決めました。


「タツヤにだけ、教える、今は。」


 私は写真を指差して続けます。


「私の心臓。2年前に、貴方タツヤのパパから、貰いました。私、感謝、伝えたくて、アメリカから来ました。」

『おいおい…冗談だろ?確かに父さんは、2年前に事故で死んだけど…。』


「本当の話、けれど、移植者の家族、本当は会うのダメ、ルールだから。」

『じゃあなんで会いに来たんだよ!!』


「…。信じてもらえないと思うけど…。移植した最初の時、私にはタツヤのパパ、記憶があった…。」

『記憶が…?』


 私は自分の書き記したメモを荷物から取り出す。


「全部英語、だから読めないと思うけど、ここにタツヤの名前…ある。」


 私が指差すところには、しっかりと『TATSUYA』とローマ字で記されていました。


『…。ふざけんなよ。いきなり逝っちまってから2年間、母さんは必死で働いて俺達を育ててくれた…。それがいきなり心臓だけ戻って来るとか…まだ信じられない。』

「…。ごめん…なさい。」


『シェリーさんが謝ることじゃない…。父さんは…とても優しい人だったから…、きっと俺達家族を心配して、シェリーさんをここに呼んだんだ。むしろ、大変な想いをしてまで、ここに来てくれた事に…こっちが謝りたいくらいだ』


 私は竜也の優しい心は、父親譲りなのだと思いました。それから私はいくつか質問を、メモを日本語に翻訳しながら竜也にしてみると、メモに残された個人情報は、竜也の記憶にある父の情報と一致していました。


『なぁ…今でも記憶は残っているのか?』

「…。ほとんど…ありません。私自身が、このメモを書いた、記憶がほとんど無いのです。」


『そっか…。でも、ここまで来て、正確な情報があるんだから、本当なんだろうな。』

「信じて、くれますか?」


 軽く頷く彼の顔を見て、私の心臓がまたドキドキし始めました。


(やだ…、私…。凄くドキドキしてる。好きに…なっちゃったのかな?。恋なんかしないって、決めてたのに…。)


 今は旅行で来日している身。ここで深く好きになってしまうと、別れるのが怖く辛くなってしまいます。私は自分の感情を何とか抑えようと、強く奥歯を噛み締めるのでした。

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