第06話 来日してみました。

 14歳の誕生日。私は2年ぶりに我儘わがままをぶつけてみることにしました。


「(※英)私…日本に行ってみたい!!」


 父も母も驚いていました。手術からこれまでずっと、良い子にしてきたのですから当然の事です。


『(※英)シェリー、気持ちは分かるがお前の体の事を考えると、まだ早いのではないか?』

『(※英)家族旅行でも良いけど、全員を連れてとなればお金もかかるでしょう。最近のシェリーにしては珍しいわね』


 この1年の私は、毎月のお小遣いもほとんど手を付けず、コツコツと貯め続けていました。更に兄からのYouTube出演料もあって、一人旅であっても1~2週間は過ごせるくらいの旅費は、自分でまかなえる額はあると思ったからこその提案でした。


「(※英)一人旅でも良いんです。旅費なら自分で出しますから!それに、医者せんせいもすぐに発作が出るような事は無いって言ってます。」


 やはり両親からは予想通りの反応でした。14歳はまだ一人旅に幼すぎるかもしれない。それは私も承知の上でお願いしているのです。

 年齢的に保護者無しでの渡航は、書類をしっかり揃えないと飛行機に乗る事は出来ても、入国できるか分からない。


(正直…私自身、が無かったら、日本に行こうと思わなかったと思う。)


 メモには冒頭、こう書かれていました。


『このメモを私自身が見て、書いた覚えが無かったら、こう思って欲しい。これから書く内容は全て事実であり、私自身がこれから忘れてしまうかも知れない記憶の断片であると。』


 紛れもなく私の字。しかし、書いた記憶はおぼろげにしか覚えていない。私はこのメモに記された内容の真相を確かめたくて、日本行きを決意したのです。


『(※英)じゃあこうしましょう。マイク、貴方がシェリーを連れて行きなさい。就職もしないで家にいるんだから、それくらいはできるでしょう?』

『(※英)ちょっと、母さん勝手に決めないでくれよ。』


 マイク兄さんは、仕事よりも自分の夢を追いかけるタイプ。その夢は歌手になること。私のユーチューブ人気に少し嫉妬しているところもあるけれど、私から見たら顔もてるし、歌だって上手なのです。


「(※英)兄さん、お願い!」

『(※英)…。はぁ…しょうがねぇな…。保護者同伴、それでいいんだろ?』

「(※英)ありがとう!兄さん大好き!」


 照れ隠しのような行動を見せるマイク兄さんは私より5歳上、一緒なら入国に問題はありません。それに、なんだかんだでマイク兄さんは私の事を気にかけてくれているのは確かなのです。


(私がYouTubeで使用するピアノも、元々マイク兄さんの部屋にあるものだし、借りる事に反対はしていなかった。もしかしたら、兄さんも日本に行ってみたかったのかな?)


 旅費については、私が全部負担すると言いましたが、兄さんなりの矜持みえがあるのか、自分の旅費は自分で用意すると言ってくれました。


―――それから数日後の出発前日、私はギリギリまで荷物の確認をしていました。


(よし、薬は多めに持った。衣類は…その日によってかな。と言うか…)


 下着のサイズが小さい…。それは思春期の少女にとって大きな成長であったが、旅費のために無駄な買い物を避けるあまり、よほどきつくなるか破れるかしない限り、衣類を買わずに今まで頑張ってきたのです。


(いやだ。また大きくなったかな。着れなくはないけど、ちょっとキツイ。どうしよう…買うにはもう時間が無いし…。ま…やばくなったら現地調達だよね。)


 この選択が間違いだったと、あとで後悔することになるのでした。そして翌日、私達の出発を、母と姉が見送りに来てくれました。


『(※英)毎日連絡をしなさいね。マイク、シェリーを頼んだよ?』

『(※英)大丈夫、俺に任せな。母さん。』

『(※英)シェリー、お土産忘れないでよ?』

「(※英)はい!ママ、姉さん。行ってきます!」


 母と姉にしっかりとハグを交わした私は、兄と共に一路日本の成田空港へ向け、10時間という長いフライトへ飛び立ちました。


『(※英)なぁシェリー、本当に現地にほんに着いたら単独行動するのか?大丈夫なのか?』

「(※英)はい。入念に下調べしましたし、日本は治安が良いと聞いています。日本語もある程度は理解し話すこともできますので、どちらかと言えば私よりも、日本語が微妙な兄さんの方が心配です。」


 機内で私は兄に、日本での行動について相談していました。


『(※英)まったく言ってくれるね。そしてその行動力は父親おやじに似たのかな?』

「(※英)そうですね。まったくその通りです。」


 少しの間、兄と会話をしつつ、軽い食事と薬、適度な睡眠をとり、10時間はあっという間に過ぎていきました。


『(※英)シェリー、起きろ。日本が見えてきたぞ。』

「(※英)ん…。んん~。ホントだ…。」


 私が寝る前、先に兄が寝ている間に、私は自分のメモノートを確認していました。そこには、日本に到着後の事も書かれていました。


『多分、日本には成田空港か羽田空港に到着するはずだ。あぁ…記憶の中では飛行機に乗ったことが無いので、未来の私には憶測になってしまうことを先に謝罪する。そしてそこからの道筋は、駅名しか書かない。ネットで調べれば必ず見つかるから、分からなければ検索するしかない。』


(ホント、は本当に誰だったのだろう。飛行機なんて小さい頃から、国内線には乗ってきたし、ハワイにだって行ったことあるはずなのに、と書くなんて信じられない。)


 でも、言葉の一つ一つを読み返す度に、私はこのメモを残したに惹かれていることもまた事実でした。メモには書いた人の生年月日や出身、住所、経歴に至るまで事細かに書かれていました。


『私には息子がいる。歳はこのメモを見ている未来の私と同じです。もしこのメモを見て興味がありましたら、会ってほしいのです。』


(以前、医者せんせいが言っていた移植された心臓の記憶が、このメモを書いたに違いない。そして、その記憶の人物は、私を日本の家族に会わせたがっている。)


 ついにその時が近づいていると、胸が高まっている私と、心臓移植による短命を心配し恋愛を拒否している私、そのはざまで葛藤する私自身は、正直複雑でした。

 しかし、そんな私の入国を拒む事件が空港で起こってしまいました。


「(※英)何やってるんですか!こんなの持ち込むなんて!」

『(※英)シェリー、ゴメン。全部使ったはずだったんだ』


 兄の鞄から薬物の反応が検出され、私達は税関に止められたのでした。その薬物はマリファナ。カルフォルニアでは合法な医療用とは言え、国外に持ち出すのは勿論厳禁。兄の年齢では買えないはずなのに、所持していること自体が初耳で、私はかなり取り乱してしまいました。


『(※英)バンド仲間から少しだけ…な。財布に入っているの忘れてたわ。』

「(※英)忘れてたじゃないわよ!信じられない!」

(能天気に話す兄のせいで、私まで検査される事になった。私自身は薬の持ち込みまでしっかりと資料を用意してきたのに…、これじゃあ入国前に強制出国の可能性だってるあるじゃない…。)


 私…いったいどうなっちゃうの!?

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