第4話推すか推さないかで迷う前に、推し過ぎで推しに心配されるくらい推し続けろ


 そうして練習を始めてから一年経った。



 六宮さん、場所を貸してくれている南風さん、その南風さんの高校生の一人娘で看板娘の遥ちゃん。皆に協力してもらって、上手くいかなくて焦ってダメになりそうな時も続けられた。


 だから、最後まで俺は諦めない。


 今日も呼吸を行うように、でも推しが美味しく食べてくれて喜ぶ顔を見れるように、チャーハンとラーメンを作った。


 そうして、初めて、六宮さんがうなずいた。


「……うめぇじゃねぇか。これは俺が作ってきたラーメン六宮の味だよ」




 その瞬間、涙が出てきた。




 俺の中の色々な感情があふれ出して、その場で声を出さずに泣いた。その複雑な感情の中で、最後に残ったのは単純な嬉しさ。そして感謝。


 続けて良かった。みんなに感謝してお礼をした。あとは、これを推しに届ける!


 料理作りとは別に、俺は推しのグループの活動を継続して確認していた。どうやら少し前から活動を少しづつではあるが再開しているみたいだ。ただ推しはまだ活動を休止している。


 せっかく認められるものが作れるようになったのに、そんな状況のなかで料理を食べてもらうにはどうすればいいかと悩んでいる俺に遥ちゃんがアドバイスをくれた。


「やっぱりいきなりチャーハンとかラーメンを持って行ってもビックリさせちゃうと思うんですよ。だから、ちゃんと素直にお話するのがいいのかなって思いました。 その芸能事務所?会社?に推しさんに届けたいって手紙で伝えてみてはどうですか?」


 そうか、確かに直接渡せなければ関節的にでも連絡してみればいい。上手くいくかは分からないが悩んでいてもしょうがないから、まずは遥ちゃんの方法でやってみることにした。しかし、なぜ手紙なのか。


「やっぱり、手紙ってその人の気持ちとか、熱意みたいなのがちゃんと伝わりやすいじゃないですか。メールとかメッセだと本当に気持ち入っているのかわからないし。 それに、私は手紙もらうのって好きなんですよ。だから、いいかなって」


 もしかしたら本人に読まれないかもしれない。けれど、一つ一つ俺の言葉で俺の文字で伝えたい。


 追加のアドバイスで、六宮さん、南風さん、遥ちゃん、俺の4人の写真も送ることにした。南風さんのお店の店内で写真を撮って同封した。そしてポストへ。




 送ってから十日が経っていた。俺は悶々とした日々を送っていた。推しの所属会社から一向に返信はこない。


 そもそもこういうものは一切返事が返ってこないかもしれない。焦る気持ちばかり募る。もしこれで何もできなかったのであれば、今まで協力してくれたみんなに合わす顔がない。


 眠りが浅い日が続いていたある日、一本の電話がかかってきた。


 電話に出る。






「お世話になっております。私、NGTHS株式会社の佐藤と申します。こちらは有栖川様のご連絡先で間違いないでしょうか」






 推しの所属会社からである。


 色々話をしたが、なんと俺のあの手紙を受けて、推しにラーメンとチャーハンを食べさせてたいのでどうか作ってくれないかという依頼だった。


 驚きで一瞬意識が飛んだ。えっ、本当か!?


 自分で依頼しておきながら、心のどこかでは叶わない願いであると思っていたが、なんと叶ってしまった。


 俺はもちろんすぐにOKし、お忍びでお店に来てもらうということで話をした。ここでスムーズに話を進められたのも、お店で食べることも出前することも南風さんには事前に許可とっていたので、日時以外は決めることができた。


 急いで南風さんと六宮さんに連絡を取る。


 南風さんは太っ腹に言い切った。


「店に来るなら貸し切りにしていいぞ。細かいことはお前は気にしなくていいから、作ることだけに集中しろ」


 涙が出そうだ。本当にこの人たちの優しさには頭が上がらない。俺は絶対に何らかの形で返すことを心に決めた。そうして、お店を一時的に貸し切りにしてもらい推しにお店に来てもらうことにした。




 そうして時が過ぎ、約束の日になった。俺は早めにお店に来て六宮さんと南風さんとソワソワしながら待っていた。


 そして時間になると一台の車が店の駐車場に止まった。そこから、スーツの女性と小柄でよく見たことのある女の子、推しが出てきた。そこから二人が店に入ってくる。


 店全体を張り詰める緊張感。スーツ姿の女性がまず、挨拶した。


「私はNGTHS株式会社の社員で佐藤と申します。小春川桜子が所属するグループのマネージャーをやっております」


 小春川桜子、推しの名前だ。推しは紹介に合わせてわずかに頭を下げただけで、静かに佇んでいる。


 活動休止してから、久しぶりに見る彼女は少し瘦せているようだった。会う前はあんなに会った時の会話をどうしようと考えていたのに、彼女の表情や雰囲気を見て何もしゃべれなくなってしまった。


 完全に動かなくなってしまった俺を見かねてか、六宮さんが推しに声を掛けた。


「おう、久しぶりだな。覚えているか。ラーメン六宮の元店主だ。俺はお前さんが小さいことから良く店に来てくれてたこと覚えているよ。おっきくなったな。今日は俺が認めたアイツがうめぇラーメンとチャーハンを作ってくれるからたくさん食べてけ」


 俺を親指で指しながら、そう言ってくれた。


 ……そうだ、俺はこの日のために、推しのために頑張ってきたんだ。俺も頭を下げ、厨房で料理を開始し始めた。


 どんなに緊張していても、繰り返し繰り返し何度も反復したことが体に染みついているから、ちゃんと作れる。繰り返し練習してきて良かった。


 あと六宮さんからのアドバイス、一番重要なこと、推しが笑顔になってくれるように想いを込めて作る。



 そうして、自分ができる最高の料理ができた。推しの前に料理を届ける。


 届いた料理を見た推しはわずかに口を開けて驚いたような顔をした気がする。そのまま推しは小さい声でいただきますと呟いた後、ゆっくりと食べ始めた。


 極少ない量をゆっくりと食べる推し。口に含みしっかり味わう。


 それを繰り返すと段々推しの表情が変わった。そこから段々と食べるスピードと量も変わっていた。早食いではないが、熱心に早いペースで食べていく。


 突然、推しの目から涙が出た。


「これ、私の大好きなだった六宮の味だあぁ」


 子供みたいにぶわっと泣き出した。


「お父さんとお母さんと一緒に食べに行った時の味だぁ。お父さんはこのスープが好きで、お母さんはこのチャーハンの味付けが好きだったの。私は両方好きだったから、これを食べてみんなで笑顔になったの」


 推しは店に入ってから、初めて俺の顔を見た。


 その顔を見た時、俺は自身の気持ちが抑えきれず、想いをぶつけた。






 俺が今までどんなに大変だった時も、推しの笑顔で癒され、パフォーマンスに勇気づけられ、苦しい時も推しも頑張っているからなんとか踏ん張れた。今日こんな風に料理を作れたのも、推しがいてくれたからできた。人生はクソだと思っていたけれど、あなたがいたおかげでこんなにも素敵な人生にすることができた。感謝しかない。大好きだ、この世界で一番大好きだ。この世に生まれてきてくれてありがとう。



 どんなことがあっても俺の人生かけてずっと応援して推し続けます、頑張って!






 勢いに任せてすべてを話してしまった。


 推しは俺に対して何も告げず、しかし料理は全部食べてくれて、みんなに感謝して足早に帰っていった。特に俺には顔を合わせず。






 やってしまった。






 推しが帰った後に一人で後悔する。なぜあんな重たい身勝手な意味不明な事を言ってしまったんだろう。後悔で自分をつぶしたくなる。


 しかし、六宮さんたちからは大絶賛だった。


「よく言った! 格好良かったぞ!」


 その言葉で俺は少し元気になった。


 ただその日から、自分のせいで活動を辞めてしまったらどうしようと悩んでいた。自分を制御できなかったことへ強い後悔が残る。


 だが、その出来事から少しした後、推しがその年のクリスマスイベントで復帰することが決まった。悩んでいたことなんて忘れてただただ喜んで、チケットを予約できる日を待った。




***




 24日は年末で忙しいがなんとか有給をもらって準備を整え、俺は万全の態勢で25日を迎えた。


 俺にとっては色々なことがあったが、無事、推しの復帰クリスマスイベントが開催された。


 最初は若干のぎこちなさがあった推しもイベントが始まると前と同じ、いや今まで以上に元気に飛び跳ねステージを駆け回り、みんなを笑顔にした。


 良かった、完全復活だ。


 イベントは予定されていたものが順調に進んでいき、最後までみんな笑顔で盛り上がった。今年一番いや今までで一番盛り上がれた。本当に最高だった。


 俺は出せるだけの声援を送った。……今まではこの日のためにあったんだなと思った。




 開催後、推しは女性マネージャーの佐藤さんと南風さんの定食屋に来ている。実はライブ前に佐藤さんから、また今日のライブ後に来ていいかと聞かれていて、南風さんにも許可をもらっていた。


 ちなみにお店は貸し切りにしてもらっていて、六宮さんと南風さんと俺の三人で出迎えた。遥ちゃんは大学にすでに入学しており、今日も予定があってどうしても出られないようだ。


 俺は緊張しながらも、またチャーハンとラーメンを作ってだした。それを美味しそうに食べている推し。


 推しは周りを気にせず元気よく食べていて、マネージャーさんは六宮さんと南風さんと飲んでいる。


 俺が作った料理を嬉しそうに食べる推し。心の底から、こういうのっていいなと思った。


 そんな風に俺がボケっとしている間に、推しは六宮さんと南風さんと話をしているようだった。その後話が終わったのか、俺のいる厨房側に入ってきた。


「わぁ、厨房ってこういう風になっているんですね。初めて見ました」


 近寄ってくる推し。……ってあれ、なんか近くない?


「あの、私のためにラーメン六宮のラーメンとチャーハンをもう一度復活させてくれて本当にありがとうございました!」


 深々と頭を下げた推し。


「一年前、佐藤さんから有栖川さんから来た手紙をもらって、ここに食べに来て、本当に元気をもらいました。あの日あなたから心からの応援をしてもらったおかげで、今日私は元気に復活することができました。上手く言葉だけでは伝えきれないのですが、あなたの存在に私は支えられて生きています。本当にありがとうございます!」

 

 頭を下げたまま心からの感謝を述べる彼女。


「私の人生で私の事をここまで本気でそして全力で想ってくれた人は他にいないと思います。というか、私のためにお店屋さんで一年も修行ってどんだけですか。仕事もあるのに無理し過ぎですよ。私、知っているんですからね。実は佐藤さんが個別で六宮さんと南風さんの所に行って、有栖川さんの修行話を聞いてくれて、私にも話してくれていたんですよ。そんなところも全部含めてありがとうございました!」


 そんなことがと色々驚きもしたが、そんなことはどうでもいい。推しの元気で今日まで費やしてきた努力が今の瞬間すべて報われた気がする。


 こちらこそありがとう。俺の人生に意味を作ってくれてありがとう。


 今日は人生の良き日だ。心が満たされた。本当にみんなに感謝している。ありがとう。






 俺がその暖かい思いを胸にしまっている時、急に拗ねたような表情になった推し。


「……ところで、あの写真に一緒に写っていた仲の良さそうな女の子って誰なんですか?」


 ……俺の心へとんでもない爆弾を落としたのである。




END

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推すか推さないかで迷う前に、推し過ぎで推しに心配されるくらい推し続けろ 森里ほたる @hotaru_morisato

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