第3話そいつが喜ぶ顔を考えてやらなきゃ、オイシイもんは作れねぇんだよ


 推しを推すと決めたのはいいが、何をすればいいのか分からない。俺は推しに元気になって欲しい、ただそれだけの事が難しい。


 SNSは更新の痕跡無し。ライブは開催予定無し。


 分からない。おかしい。俺はSNSや何かしらのイベントが無いと推しを推せないのか。人に何かをしてあげるのはこんなに難しいことだっただろうか。何かしてあげられないだろうか。


 今までで一番頭を使って考える。推しのためにできることを。





 そこで急に頭に浮かんだ。推しは食べることが大好きなことが。





 俺は推しのグループが定期的に美味しいお店を紹介しているのをメモに取っておいた。そのメモを探す。いくつものメモの中からその店を見つけ出した。




『ラーメン六宮』




 イベントの時に話。推しはこのラーメン屋さんがとても好きで、家族とよく通っていた。ただ、二年前ぐらいに店主のおっちゃんが腰を悪くしたのをきっかけに店を閉めてしまい、もうここのラーメンは食べることができないと残念そうにしていた。


 推しの一番のおススメは『醬油ラーメンとチャーハンセット』というシンプルなセットらしく、ここに来るたびによく頼んでいたとメモに書いてある。




 電流が大きな音を立てて俺の中に流れた。これだ。この醬油ラーメンとチャーハンセット!




 そうだ、大好きだったものを食べればきっと元気になるはず。なんとか準備や交渉をして、ラーメンとチャーハンを届けてあげよう。それで推しを少しでも元気にしてあげられるはず。


 俺はラーメンとチャーハンを食べさせてあげたい一心で動き始めた。




 まずはこのラーメン屋があった場所に行ってみた。


 来る前に知ってはいたが、建物はもう更地になっていて、実際に見てみると手がかりが無くなっていていることに落ち込む。が、そんな事を言ってはいられない。勇気を出して近所の人にラーメン屋がどうなったか聞いてみた。


「ああ、六宮さんの? そうねー、お店辞めるからって息子夫婦さんと住んでいるらしいわよ。確かここの近くだったはず。あなたあの店のファンだったの? あのお店美味しかったわよね。私、結構常連だったのよ」


 おばさんの無駄に長い世間話に付き合ったおかげで、だいぶ欲しい情報が集まった。ちなみに『六宮』というのは店主さんの苗字だった。


 さすがに話好きなおばさんとはいえ家の場所まで聞くわけにはいかなかったが、だいぶ良い情報を得た。その元店主は朝にここから近くの公園を健康のために散歩するらしい。そこで待っていれば会えそうではある。


 ネットで店主の顔は調べて分かっている。……なんか、俺、やばいことやってないか。もちろん悪い事をしているわけではないが、なんか罪悪感が。それでも推しのためにやりきると決めたのだ、後戻りはしない。



 次の土曜日、朝早くに元店主が散歩する公園に来ていた。


 しかし、上手く声を掛ける方法が決まっていなかった。それはそうだろう。どこぞのアイドルのために、ラーメンとチャーハンを作ってくれと頼みに来た初対面の男。なんかの詐欺か、不審者か、どう転んでも警察を呼ばれそうな未来しか思い浮かばない。


 そんな風になんとか怪しまれない声掛けの方法を悩んでいると、前方から年配のおじさんが歩いてきた。それはネットで顔を見た、まさしくラーメン六宮の元店主、その人だった。


 結局いい方法なんて思い浮かばなかったが、奇跡的なこのチャンスを逃すわけにはいかない。若干、たどたどしくはあるが声掛け説明をしていた。


 声をかけた時と話の途中は俺への怪訝な眼差しと距離を感じる対応だったが、ラーメン六宮が大好きだった推しのためにどうしてもラーメンとチャーハンを作ってくれないと話をしたとたん相手の反応が変わった。


 なぜか推しについて詳しく教えてくれと言われ、歌っている時の動画を見せたりした。


 おじさん、六宮さんは空を見上げた。


「この子はよくうちの店に来て、ラーメンとチャーハンセットを頼んで食べていたよ。でもこんな風にアイドルなんてやっているなんてなぁ」


 驚いているのか、関心しているのか感嘆の声をあげていた。


 それで彼女のことを色々聞かれていたので、彼女の活躍や努力、それにいかに俺が助けてもらったを語った。……それも、六宮さんがもういいよというまで話続けてしまった。


「それで今は元気にやっているのか?」


 そう聞かれて俺は正直に現状を話した。これからという時の事故と世間からのバッシング。想像でしかないが、推しがつらい状況にあること。


 その上で六宮さんのラーメンとチャーハンを食べさせたくてここに来たと改めて説明した。


 それを聞いて六宮さんは腕を組んで目をつぶった。何かを考えているのか、数分間ずっとその体勢を崩さなかった。


 それから少し経って、ふと急に目を開いた。


「なぁ、そこまで想っているんだったら、お前さんが作らねぇか。ラーメンとチャーハン」


 真剣なまなざしをこっちに向けた六宮さん。


つい、口から驚きの声が出た。想像もしていなかった提案をされて驚いた。俺が作る? ラーメンとチャーハンを? 推しのために?


さすがに六宮さんの意図が分からなかったから聞いてみた。


「いや、お前さんはさぁ、本気であの子の事を想っているんだろ。今日初めて会ってまだ俺はお前さんの事はよくわからんけどよ、こうやって好きな子のために面識のねぇ俺の所まできたんだろ」


 六宮さんは目をそらさない。


「それにさっきは俺が止めるまでずっとあの子の事話し続けてたじゃねぇか。俺は金もねぇし、ラーメン作るしか才はねぇんだがよ、人を見る目だけは自信があるんだ。その俺がお前なら結構いいもんが作れると思ってよ」


 ガハハと少し笑った六宮さん。


「それによぉ、俺はもうラーメンは作らないと決めたんだ。だが、人に教えないとは決めてねぇから、丁度いいんだよ。まぁ、さくっと教えてやっから。そんな不安そうか顔すんな。大丈夫だ、お前ならできる。必ずできるからやってみろ」


 ……人にこんなにも強く推してもらった事があっただろうか。熱い想いが体の底から湧き上がってくる。信じて応援してくれる人がいるとこんなにも体に力が溢れてくるもなのか。


 そこまで言ってくれるのなら、やるしかないだろ。俺は六宮さんからラーメンとチャーハン作りを教わる事にした。




 その時から俺の生活は一変した。




 会社が終わると食材を持って、六宮さんと仲のいい定食屋さん、南風さんのお店で練習させてもらっている。どうも六宮さんの弟分らしく、ちょっと憎まれ口を叩きつつ気持ち良く場所を貸してくれた。


 今まで大して料理なんてしていなかった。作るのは面倒だし、買ってきたら楽で美味しいものが食べられる。作るのは何十分何時間もかかるのに、食べるのは一瞬。むしろ、料理をするのは時間を無駄にしているとすら思っていた。


 ところがどうだ。食べさせたい人がいるだけで全てが変わる。


 材料の下処理が、具材を一つ一つ均一に切る事が、美味しく食べるためのひと手間がとても大切に思える。




 考える事は一つ。推しに美味しいものを食べて欲しい。




 特訓を始めてすぐ気づいたが、六宮さんは厳しい。


 『遅い』、『下手くそ』、『まずい』、『やり直せ』は言われ過ぎて、発声する直前の口の形でどの言葉が出てくるか分かるようになった。


「何度もいってんだろうが、炒め過ぎなんだよ。なにちんたらチョコチョコやってんだ!」

「アクは綺麗に取れ、そこは絶対に沸騰させるな!」

「茹ですぎだ、触感が台無しになる!」


 そんな六宮さんの厳しさと優しさによってチャーハンとラーメンの麺とスープ自体はもう作り方を覚えた。作り方だけは。


 しかし俺の作ったものと六宮さんのとは全然違う。


 最初頼み込んで、一度六宮さんにチャーハンとチャーハンを作ってもらい食べさせてもらった。これは本当に美味しかった。


 けれど俺が何度も作っても、その味には全然近づけない。


 それでもずっと繰り返し作り続けた。少しずつスープの味を変えて、麺の練り方を色々変えて、強火でさっと炒める加減を覚えた。


 最初は頭で覚えた工程を一つ一つ思い出して作っていた。


 だが、一日、一週間、半月、一か月と続けていくと体が覚えていく。指先が、腕が、鼻が、口が、目が自然と作り上げたいものへ体を導いて動かしていくような感覚が芽生え始めていた。


 ある日、味見をしてくれる六宮さんから、


「ちったぁ慣れてきたようだな、でもお前さん、作る時は何を考えている。レシピや慣れでも料理はできる。でもそれだけじゃだめなんだよ。料理っつうのは食べる相手がいる。そいつが喜ぶ顔を考えてやらなきゃ、オイシイもんは作れねぇんだよ。料理は作業じゃねぇんだ。そこを勘違いすんなよ」


 推しの事を忘れていた日は無かった。ただ、作るという事だけに意識しかけていた俺を元の道に戻してくれたような気がした。気合いを入れ直す。


 六宮さんに謝る。


「俺に謝る必要なんてねぇよ。それに集中していることはいい事だ。だから、大事なもんとか、お前さんが本当にやりたいことは忘れんな」




 俺は気を引き締めた。もう推しからブレない。推しの元気な笑顔を取り戻すまで!

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