第5話
三十分くらい経ってさすがに疲れてきたので岸寄りの岩場に掴まって休んでいるとカーくんが
「フミオ、着いたぞ!」
と言って指を挿した方を見ると、そこには、一面花で埋め尽くされた広場のような場所があった。
しかも、よく見ると夏場なのに、桜やツツジ、
さらに、その花に誘われる様にこれも様々な色の鳥たちが集まり、美しい声で素敵な音楽を奏でていた。
「フミオ、どうだ、素晴らしい場所だろ」
カーくんの言葉に我に返った僕は、カーくんの方を見て、何か言葉を発しようとしたが、子どもの
少し雰囲気に慣れて、川から上がった僕は
一歩踏み出すと、踏みしめた足元から草の緑の匂いがふわっと舞い上がり、僕の
少し進んでふと顔を上げると、満開の桜から花びらがひらひらと舞い落ちていた。
「桃源郷」
カーくんが呟いた。
「えっ?トウゲンキョウ?」
僕が聞き返すと
「お前のじいちゃんをここに連れてきた時そう言ってた」
もう少し大人になってから、その意味を知るが、この時は言葉の
カーくんと二人で草むらの上に並んで寝転んだ。
生い茂る木々の間から夏のキラキラした陽射しが溢れ、僕の顔に注いだ。
眩しさに思わず目を
ゆっくり目を開けて顔を横に向けるとカーくんが、同じ姿勢で目をつぶっている。
「こんな素敵なとこ、村の人は知ってるのかな?」
僕はカーくんに尋ねた。
「いや、知らんと思う」
「そうなの?なんかもったいないね」
「もったいない?」
「うん、もっと多くの人がくれば、みんなこの素敵な景色を楽しめるのに」
「逆だな」
「ん?どういうこと?」
「人がたくさんくれば、この景色はこのままではなくなってしまうよ」
「え?」
「わからんか。人はフミオみたいに素直にこの景色を素敵と感じるだけじゃ終わらない
この時、僕はあまりよく、その意味がわからなかった。
こんな素敵な景色ならみんなが喜ぶし大切にすると単純に思っていた。
「お前の兄貴…俺が初めてフミオと会った時寝てたろ」
「うん……」
「あれな、俺がやったんだ」
「え?どういうこと?」
「正しくいうと、やったというよりは、この景色を大事にしない人間は俺には会えないんだ」
「え、そうなの?」
この話もその時は意味がわからなかったが、大人になった兄貴が、ゼネコンに勤めて開発のため山を切り崩していることを知った時、
「だから、村の人間でも、ここにこれた人間はほんの少しなんだ」
この時は「そういうもんなんだ」と感じてなんとなく納得していたが、今思えば凄い体験をしていたのだと、後からわかった。
そのあと夏休みの間、ほぼ毎日川に向かい、カーくんと桃源郷に行って魚を取ったり自然に成っている果物を食べたりして遊んだ。
兄貴は田舎に飽きたらしく、親父が来たお盆休みの終わりに一緒に東京に帰った。
そして僕も帰る前日
その日もカーくんと桃源郷で夕方まで遊んで、明日帰ることをカーくんに告げた。
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