資料室へ

「王?」

 図書室の照明が落とされようとしている時間だった。司書たちは帰り支度を始め、夜番の兵士が勤務に就き始めていた。

「調べものですか?」

「そんなところだ」

 時折、夜に王が調べものに来るため、司書たちは疑問に思わない。

 城中の鍵は、王は持っている。王にとっては自分の家なのだから、当然のことである。王に入れない部屋は、女性トイレくらいだ。だからといって、侍女の居室に無断で入るような真似はしないのであるが。

「奥の資料室にいる。構わねえで帰っていいぜ」

 御意、と、最低限の灯りを残して、司書たちが帰っていった。

「さて」

 王は、図書室の奥にある、閉架部分の扉を開けた。


 王宮の図書室は、王族や貴族、王宮の従業員や政務関係者など、王宮に関わる者なら誰でも使っていいことになっている。

 そういった開架部分とは別に、政務関連の資料などは、奥の閉架部分の一角にある資料室に保管されている。ここは司書といえども、誰でもが入れる場所ではない。特別な許可を持った司書が管理している。

「いらっしゃいませ」

「まだいたのか」

 資料室のヌシともいわれてる資料室長が、王に声を掛けた。

「住み込んでいいとは言ってねえが。火気厳禁だぜ」

「火気は持ち込んでおりませんよ」

 相手は、王が幼少、絵本を見ている頃からの付き合いである。さらりとかわされる。

 王は、軽く溜息をついて気分を変えた。

「まあいいや。ちょうど良い、探してる資料があるんだが」

「なんなりとお任せあれ」


 時折書類をすり替えてくる張本人は、誰か判っている。正確に言うと、手先は判っていないが、黒幕は判っている。

 手口から、手先は王のすぐ近く、王宮の中にいるのは確実だが、そんなものよりも重要なのは、黒幕の息の根を止めることである。証拠を集めて、しかるべき処分をする必要があるのだ。

「そういやさ」

「はい」

「司書の配置変えたな?」

「そうらしいですね。私は開架部分の方はあまりタッチしてないのですけど」

 資料室長とは別に、図書室長がいる。そちらから、王は報告を受けている。

「何かあったのか?」

「いえ、若いのを数人入れたので、その教育のための配置換えと聞いてます」

 王への報告とは合っている。しかし。

「新たに人を雇う必要って、あったか?」



□▲〇


「あ、ケリムさん」

「おう、お前か」

 救世主が王の部屋に行く処で、ケリムと会った。

「何処へ行くんだ」

「アンティアナ教授から、王様にお手紙」

 アンティアナから、『アンティウス教授と呼ぶように』と言われたことはぶん投げている救世主であった。

「そうか。ちゃんと持っていけよ」

「預かってくれないの!?」

「お前が預かったんだろう。報告も兼ねてると思うから、自分で行け」

「は~~~~~~い……」

 ケチとかなんとかブツブツこぼしていた救世主であるが、はたと気づく。

「ケリムさん、オレ今日どこに泊まればいいの? 王宮に部屋が用意してあるって聞いたけど、まさかまた牢屋じゃないよね!?」

「牢屋が良ければそうするが」

「やだよ!!」

 くつくつ笑って、ケリムは救世主に告げた。

「冗談だ。お前の用事が終わったら、連れて行ってやる」

「おし! ちゃっちゃと終わらそ! もーオレ疲れちゃったよ~~」

 ぶーぶーと文句を言う救世主。物怖じとは無縁そうである。

「ケリムさんも、王様に用事?」

「ああ、ちょっと気になってな……」


 いつもケリムは、王の傍にいる。今日はたまたま、用事を言いつけられてそのまま居室に戻っていいと言われた。

 ケリムの部屋は、王宮にある。ラステイルが子供のころから傍にいて、王の右腕ともいうべき存在、ラステイルにとって支えであり最も身近にいる人物なのである。

 居室への直帰は、王からケリムへの労りの気持ちで、そう珍しいことではないのだが。

 なんとなく、ケリムは嫌な感じがした。

 なので、王の顔を見てから下がろうと思ったのである。

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