魔法院の3階

 夕方になり、その日の授業は終わることになった。

 テーブルには、抜け殻になった救世主が突っ伏していた。

「ハラヘッタ……………………」

「教授、準備できました」

「ありがと、エミルくん」

 良い匂いに、がば、と救世主は起き上がる。

 隣の部屋に、3人分の料理が並べられていた。

「今日の夕食は、こっちで摂っていいわよ。いつもは生徒とは食べないんだけど、今日だけ特別。ケリムから頼まれたからね」

――ケリムさん、GJ《グッジョブ》!

 強面の従者を思い出し、グッ! っとサムズアップをする救世主であった。


「うっま~~~~~!!!」

「美味しいでしょ。王宮から届けられるんだけど、ここの料理人、腕がいいのよね」

 空腹もあって、ガッツガツと夕食を頬張る救世主。

――異世界って、大したもの食べてなくてメシマズで、現代知識のレシピで無双! が普通だと思ってたんだけど。ここの食事って、普通にウマイじゃん?

 自分の思う異世界にことごとく反してるこの異世界だったが、救世主的には、まあいいやと思ってしまうのだった。

 卵焼きで「こ、こんな旨いものがこの世に!」が出来なかったな……などと余計なことを考えながら。



 食後のお茶を飲みながら。

「夜になったけど、オレの部屋って用意してくれてんのかな? 教授たちはどこに住んでるの?」

「この上よ」

 アンティアナは、頭上を指差す。

「魔法院の話をしてなかったかしらね。ここは1階は授業を行う教室、2階は研究室よ。3階以上は教員や寮生のお部屋なの」

 寮、というワードに、救世主がぴくりと反応する。

――寮!!! もしかして、寝静まったところにコンコン、なんてノックの音がして、開けてみるとシャツ1枚で胸はだけの教授がもじもじしながらスルッと部屋に入ってきて「夜の勉強を……」なんて展開に!

 いい加減、この世界が自分の都合のいい妄想通りにいかないことを学習してもよさそうなものだが、懲りないのがこの救世主であった。

「王宮に用意してるから戻ってこいって言ってたわよ」

 がくーっと救世主は項垂れる。

「2階と3階の間は厳重に鍵が掛かってるから、部外者は入れないようになってるの。忍び込まないようにね」

「はぁ~~~~い……」


 玄関まで、アンティアナが送ってくれた。

 と、どやどやと人の気配が上からする。

「上に人がいた?」

「夜になったから帰ってきたのね」

「へ? 1階通らないで?」

 救世主が来てから、魔法院にはエミル以外の人気がなかった。

「出れば分かるわよ」


「じゃあ、また明日。あ、王様に手紙渡してね」

「はーい」

 玄関を出たところで、アンティアナから王への手紙を渡される。

 ふ、と影が上をよぎった気がする。

 救世主が上を見上げると、箒や色んなものに乗ったり、人口の羽を付けたりと、いろんな方法で人が、3階の人が通れるくらいの窓に入っていく。

――あ、だから3階の窓が大きかったのか。

「飛べる人は多くないわ。それだけの力がある人だけが、魔法院の3階に住めるの」

「そうじゃない寮生っていないの?」

「通いとか、別の所に寮があるわよ」


 道案内の兵士が立っていて、救世主はアンティアナに手を振って、魔法院を後にした。



□▲〇


 一方その頃。

 王は、従者や兵を下がらせたが、私室に行かず執務室にいた。

 その前には、例のすり替えられた書類。

 税の徴収の書類で、とある地方からの報告書であった。実を言うと、その地方には不正の疑念があった。これまでも、時折ごまかした書類が送られてきていたが、その度に却下していた。

「………………」

 王はしばらくその書類を睨んでいたが。



 ややあって、見張りの兵にも行く先を告げず、部屋を後にした。

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