身近にいる

「そういえば、王様に見せた魔法、見せてもらってもいいかしら?」

 アンティアナの容赦ない授業に、救世主はHP、MPともに尽き果てて、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。今は、見かねたエミルの進言による、ブレイクタイムである。

 紅茶のような色の飲み物が入ったカップを両手で持って、ふと思い出したようにアンティアナが言った。

「あーあれ………………」

――今となってはなんかハズカシイだけだよなアレ。あの神、今度会ったら覚えてろよ

 エミルに勧められ、救世主もカップを持つ。すぅっとした甘さがする紅茶だった。

「なんだろこの感じ知ってる。ミントかこれ? ミント入ってる紅茶…ミントティーってやつかな。こっちの人も紅茶飲むんだ」

「紅茶、ていうのあなたは。あなたのいた処にもあるのね。私たちは普通お茶というとこういう赤いお茶なんだけど、別の色のお茶もあるとは聞いてるわ。リルに訊いてごらんなさい」

「リル……さん」

 救世主は、普通に話してくれそうにないリルの顔を思い出した。

「あー、執事みたいだもんね」

「そうね。今は王様の執事よ」

「今は? 前は違うことしてたんだ」

「そうね、ここに来てからそんなには経ってないわ」

 アンティアナは、カップのふちを指でなぞった。なんとなく、表情は陰ったようだった。ぱっと表情を明るくすると、救世主に、救世主の魔法を見せるよう再度言った。


「出るかな……えーと」

 はっ! とやってみる救世主。一応部屋の外に向けてやってみる。魔法院の中にはいっぱい物が置いてあって、壊した時の弁償を考えたくなかったからだ。

 王に向かってやった時とは大違いである。

 こういう学習能力だけは高いかもしれない。

 そんなこんなを考えたっていうのに、出た魔法は、最初に王に見せたものと同じで、ただ魔法陣が浮かぶだけだった。


「ふむふむ、なるほどね~~。最初は鉄格子に当たってすごい音がしたって話だったから、物理的な能力はあるわけね。でも周りに何もなければそこまでってわけか」

 アンティアナは、救世主の横に回って、魔法陣をじっと見る。

「王様がいじったってのはこの辺?」

「わっ!」

 またどばんとぶっ放すことになるかと思ったが、アンティアナは部分を丸で囲んだだけだった。

「ふむふむ~~見てすぐそれが書けたのね。さすがだわ」

「さすがなの?」

「さすがよ。彼は天才といっていいわ」

 救世主は、超イケメンだった王の顔を思い浮かべる。

「ケッ、イケメンで王様で若くて魔法の天才って、チートかよ」

 チートってなに? とアンティアナは言った。

「魔法の天才、ってわけじゃないのよね」

 もういいわ、と、救世主の魔法を消させて……消せなかったのでアンティアナが消し方を教えて、テーブルに戻った。


「あの子はね、努力家なの。カッコつけだから努力してるなんて見せたがらないんだけどね。そりゃ、王家に生まれてるわけで素質はあるし、最高の教育も受けてはいるんだけど、こっそり魔法も剣も磨いていったこと、私は知ってるわ」

 少し寂しげに、王宮の方角を眺めて、アンティアナは言った。

「そういえば、王様っていくつ?」

「今、19ね」

「どえ! オレとあんま変わんねーじゃん!」

「あなたは?」

「16。もうすぐ17」

「にしては幼いわね~」

「ほっといて」



□▲〇


 日が落ちてきた。

 王の執務室に、明かりが入る。執務室には昼は窓から充分な光が入るようになっているが、夜は光の魔法を施したライトが点灯する。

 もうすぐ夕食の時間だ。

 そういやあのガキの夕食は、ちゃんと用意しただろうか。その辺りはリルじゃなくてケリムに任せておいたから、手配してくれただろう。

 そんなことを思いながら、王は手元の書類を眺める。

 先程、ケリムに見せた、あの書類だ。

 ケリムの処理後、自分の手元に来るまでにすり替えられた書類。

「そんなことが出来るのは」

 敵は、この、すぐ身近にいる。

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