第10話 星空の下で
「ねぇ少年、こんなところで突っ立ていると風邪ひくぞ?」
星がよく見える広場で、私は空を見上げて立っていた水無月空に、からかうように年上で余裕を持っているお姉さんのように声をかけた。
その声を聞いて、水無月後輩はこちらに振り返った。そして、私に気付き、笑顔を浮かべた。
「心音さん」
ふうーと一息つきながらこちらの方向に体全体も振り返った。
私は彼の方に歩いて行く。何だろう、最初の頃に会ったのを思い出す。あの時も彼は一人で夜空を見てたっけ。
「なんですか?心音さんも起きたんですか?」
と挑発的に言ってくる目の前の少年。ふっ、君もだろうに。余裕の表情を浮かべて返す。
「いつもの行いがね」
水無月後輩は固まり、こちらを見つめる。こちらも目を合わせる。そして、
「ぷっ」
とどちらともなく笑い合った。
合流して、二人で星空を見ながら、散歩する。周囲の人は先ほどより少なくなっており、広場は歩きやすい。みんなと一緒に来た時も思ったが、星がきれいに輝いて見える。時間も深くなったことからか、先ほどよりもより輝いて見え、本当に近くにたくさんの星を感じる。
あぁ、本当にきれいだ。
ただ何も言わず、歩く。その隣には空がいる。
以前とは違う今の日常。もう一人ではないのだ。思わず、顔が緩みそうになる。
ベンチを見つけて、座った。そこに会話があるわけではない。ただ、同じベンチに座っている。
この習慣を始めたからこそ出会えた友人。始めなかったら、交わることもなかった。・・・大事な縁か。
夜空を見上げながら、座っている彼を横目に自然と言葉が出た。
「ねぇ、ちょっと話を聞いてくれない」
「私は、数年前まではね、夜に歩いたりするような非行少女じゃなかったんだ」
自然と話そうと思った。いや、聞いてほしいと思ったのだ。彼の方を見ずに話を続ける。彼も特に何も言わずに話を聞いてくれる。
「自分でも言うのもなんだけど中学の頃は優等生だったんだよ。宿題はだすし、成績も優秀な方。特に問題行動を起こすわけでもなく、ただただ友達とかと過ごす」
彼女はどこか遠いところを見ながらも楽しそうに自然な笑顔浮かべて話していた。
「でも、さ。ふと、ふとね。・・・思ったんだよ。優等生疲れたなって。なんでこんなにまじめに生きてるんだろうって。周りも、私はまじめだからって大丈夫だよねって。何が?私の何を知ってるの?って」
彼女は「・・・本当に」と小さくつぶやいた後だまる。二人の間に静寂が訪れる。ぼくは話を促さずに言葉が紡がれるのを待つ。彼女はまた語り始めてくれた。
「それを救うって言うと大げさかなぁ。ただ、投げやりになって腐りかけてくれた時に支えになってくれたのは友人もだけど姉だったの」
「姉は、私を見捨てなかった。どれだけで、家で八つ当たりしても、話を聞いてくれて外に、散歩に連れていってくれたの。何も言わない私をそのまま連れてね」
大切な思い出を思い出すように明るい目をしながら、優しい声で語っている。
「本当にありがったかったし、楽しかったんだ。たのしかった。・・・それから、夜の散歩は姉とのコミュニケーションの一つになったの。・・・だけど、」
声のトーンが落ちて、一度静寂が入り言葉をこぼす。
「ある日、姉は亡くなった。本当に突然。・・・最後の近くまでわからなかったし、知らなかった。・・・何か異変はあったのか、どうして、気づかなかったのか。私は気づけなかった。私には何も言ってくれなかった。どうして・・・」
静かな声、荒げたと思ったら、その場に沈んでしまうかと思ってしまうほど弱った声。
何も声をかけられない。僕がなにか言えるわけもない。僕は当事者じゃない。それに、ぼくは―――
「それからは、もっと自暴自棄に近かった。学校に行かない日も増えて、引きこもる日も1日だけじゃなかったよ。何回も自分に問ったよ。何で知らないかったの?、気づかなかったの?、ねぇなんで、なんで?ねぇって」
こちらに向けられた彼女の顔には精一杯の作り笑顔と目には涙が溢れかかっていた。”わたしの何が悪かったの?”と問われているみたいだ。
「だって、あんなに近くにいたんだよ。一緒に出掛けたりもした。仲も良かった。なのに、気づかなかった、伝えてもらえなっかたの。・・・それは、わたしを気遣ったから?あんな状態じゃなかったら教えてくれたの?ねぇ・・・」
彼女は泣き崩れるかのようにベンチ手をつき、顔を下に向けた。何もできずにその場に固まることしかできない。手を伸ばそうとしてやめて、正面を向いて、ただただ静かに隣に座っていた――
「私は、私はね・・・」
落ち着いたのか、彼女は顔を上げ、前を向き直し話を続ける。
「自然も好きだったけど、そこまでって感じだったの。普通に「きれいだね」っていえるくらいで自分から見に外出しようと思うような子ではなかった。・・・これも姉の好きな事の一つだったの。姉が亡くなってから、私は一人でも夜に出るようになったの。息抜きだけではなくて、姉のおかげで好きなったて理由もあるけど、姉の好きなもの、好きな時間を感じることによって姉を近くに感じたかった。
明るい顔で先輩は僕を見てくる。そして、
「今は、散歩に付き合ってくれる君もいるし、心配してくれる友達も家族もいる」
ふっふと笑みを交え、席を立ち彼女は続ける。
「幸せだよね、私」
と振り返って気持ちのいい笑顔で言い放ったのだ―――
「聞いてほしかったんだよね。なんとなく。急にごめんね」
彼は、水無月後輩はただ黙って聞いてくれた。ただの独白を。聞く義務もないだろうに。そんな真剣な顔で聞いてくれるなんて。・・・嬉しいなぁ。
彼は一拍を置いて話し始める。
「大丈夫ですよ。・・・むしろ話しを聞けて良かったかもと思います」
こんなことまで言ってくれる。できすぎでは?
風が吹く。今は、暑すぎない気温である。そこに涼しい風が心地良く吹き込んだ。
ぼくもすべて話すべきかな。先輩になら話せる気がする。いや、話したい。
「せんぱい。ぼくは――――
それからは、彼の話を聞いた。話してくれたのだ。自分のルーツを。
「僕はこの病気と診断されてもどこか現実感がありませんでした。・・・昔から体が弱くて入院をよくしていて、学校を休むことも多かったんです。だから、、、不思議にも何も思わなくて。治療を頑張れば治るんだろうなとか、時間がかかるだけだと思ってたんです。・・・・でも、余命宣告を受けました」
彼は、ゆっくりと言葉と記憶を探してくるように、でも流れるように語る。
「それでも、治ると信じてたんです。というより、急すぎて信じられない、納得できない。でも、信じないからって覆るわけもなくて。・・・ある日、泣いている家族を家で見てしまったんです。・・・僕のいないところでですよ」
彼の声もだんだん震えてきた。目は涙をこらえはじめている。
「・・・そんな姿を、声を聞いたら、現実だって急に実感が増して・・・怖くなりました」
一拍おかれ、息継ぎが入り、
「そこでようやくわかりました。ぼくは死ぬって」
と言い放った。
風が吹き込み、私たちをつつむ。先ほどの気持ちの良い風ではなく少し肌寒い。
初めて知った。いや、初めて聞いた。話してくれた。・・・死にゆくことを自覚した人の想い。私は、何かを言うでもなく真剣に聞くしかなかった。そんな私を見て、ふっと顔を緩ませ、彼は話を続ける。
「ぼくは、散歩にでて外を見ることは好きでした。自分の行けないところ、普段見えない景色、空、星、自然。・・・自分の余命を聞いてから、やりたいことをやろうと思いました。夜に散歩するのも現実から逃げるためにも始めたんです。いつもとは、違う空気を感じて、景色を見れてまるで違う世界にいるようで楽しかったです。・・・それがぼくの夜の散歩を始めた理由です」
彼は話し終えて、先ほどよりも顔を優しく微笑んだ。
「なんで、先輩も泣いてるんですか?」
楽しそうに、心底おかしそうに笑う。私は知らないうちに涙を流していた。
先輩は「えっ、うわっ、わ」って言いながら涙をぬぐっている。笑いながら、「大丈夫ですか」と近づくが、「ちょっ、見ないで」と顔を腕で覆っている。そんな馬鹿な、落ち着く普段に近いやり取りをしながら、自分の涙もぬぐう。
結局二人とも涙を流し、時間が過ぎていった――――
「もう時間も、時間だし戻ろうか」
この言葉を皮切りに、テントの方に戻る。帰り道にも話しをしながらゆっくりと歩いて帰った。たまには立ち止まり、上を見上げたりしながら。・・・最後まで楽しんで。
ありがたいな。話を聞いてもらえるだけでなく、受け止めてもらえる。そして、話そうと思える人がいてくれるなんて。ぼくはただただ感謝の気持ちが止まらずに心が温かった。
テントに帰ると、二人はまだ焚き火の前で待ってくれていた。二人とも揺らめく火を見ていたがこちらに気づくと、手を振ってくれる。
「おかえり」
「おかえり。思ったよりも遅くならなかったな」
おかえりと笑って迎えてくれる。ありがたいな。・・・・一言余計ではあるが。
それからは、後輩は先にテントに戻り、私も待ってくれた二人と会話を交わして、先に寝た――
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