第3話 名前
最後に彼に会ってから1週間以上が経った。あれから毎日ではないが、公園には行っていた。その間に彼に会うことはなかった。
もうすぐ5月を迎える時期になっていた。
私はベンチに向かいながら、今日は何をしようかと考えていた。小説を読むか、音楽を聴くか。色々と用意はしてきたつもりだ。公園内を回るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、ベンチのある広場に向かうと、いつものベンチには先客がいた。彼であった。彼はベンチに座り、丘の方向をむいていた。相変わらずの格好である。私はなるべく足音を出さずに近づき、声をかける。
「すみません。お隣いいですか?」
彼は声をかけられて驚きながら、だれか気づくと、優しい笑顔を浮かべ、
「いいですよ。」
と答えた。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「えぇ、元気にしてましたよ。最近は忙しく家にいました。・・・もしかして、寂しかったですか?」
「いや、そんなことはないけど。最近見ないなぁと思ってただけ」
「そんなに即座に断言されると、悲しくなりますね」
顔を見合わせて笑う。最初からこのようなノリである。夜なのだから、家にいることは何も不思議はない。約束もしてないのだから会えないこともある。でも、なぜだろうか。久しぶりに会えて私は少しうれしかった。彼との対話が楽しくなっていたのも本当なのだ。
前と同じように何気ない話をする。意外と話が進むものだ。話が落ち着いた時に彼は急に、
「桜見に行きませんか?」
といった。確かにこの公園には桜が見れる場所がある。でも、時期的には・・・。
「いいけど。もう散ってって、見れないんじゃ?」
「大丈夫ですよ。確かに散っていて、満開ではないと思いますけど・・・。少しは残ってるでしょう!」
と言った。まぁ、いいかと思って行くことにした。別にずっとベンチにいて話さないといけないなんて決めてたわけではないしね。
私たちは、花見ができるスポットに移動することにし、ベンチを離れた。
この公園は広く、広場だけでなく東屋もある。他にもいろんなものがあるのだ。公園内の道の端には木々が植えてあり、桜、紅葉といった季節によって変わる景色を楽しめるのである。桜、紅葉は並木道以外にも植えてあるところがあり、花見、紅葉狩りなどが楽しめる。季節によって眺めれれる景色が変わるようになっているのだ。
「やっぱり、散ってるね」
「でも、まだまだ残ってはいますよ」
桜は散っていたが、意外と花びらは残っていた。下からライトが当てられてライトアップされて、想像していたよりも綺麗であった。
「きれいじゃないですか?」
「綺麗だね。思ってたよりもいい感じでびっくりしたよ」
「でしょー。来てみるもんですよ」
私たちは、一通り見たら、並木道の方に行ってみることにした。
「お姉さんは、この公園で満開の桜見たことがありますか?」
「うん、あるよ。綺麗だったよ」
「いいですねー。僕も見てみたいな。昼のは見たことがあるんですよ、でも夜のはなくて」
「来年見ればいいじゃない。毎年咲くわけだしさ」
「・・・そうですね」
彼は顔は笑ってはいたが、どこか悲しいような目をして言った。
並木道は下からのライト、上からの月明かりで綺麗であった。上からの光を入れるためか、ライトの光は弱くなっているように感じた。
おぉと言いながら、彼は駆け足で走り、私よりも少し先を歩いていた。
私はその姿を見て微笑ましく思いながら、あることを思い出した。
「そういえば、名前はなんて言うの?聞いてないですけどー」
「名前を聞くなら、そっちから名乗ってくださーい」
と笑いながら言ってくる。このやろうと思いながらも、元から教えるつもりだったので自分から先に伝えることにする。
「私の名前は、
彼はそれを聞いて楽しそうに回っていたが、こちらを振り向いて、
「ぼくは、
と笑顔で言った。
その姿は、月明かりを浴びて髪が輝き、風で舞っている桜の花びらと合わさって幻想的で綺麗であり絵になっていた。
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