第15話 初めての王都
子爵になってから数ヶ月が過ぎた頃、ブリュッケン公爵から手紙が届いた。新年の王都での国王主催のパーティーのお誘いだ。お誘いとは名ばかりで男爵以上が全員参加する。
例外として敵国と国境を持つ貴族は免除されるが、それでも戦争中でなければ参加するという。最初は寄親がずっと付きっきりで参加するのが慣わしだ。
冬で雪が降って敵の進軍もほとんどないので領地を離れても大丈夫だしブリュッケン公爵の派閥の貴族と顔を合わせるちょうどいい時期だ。俺は二つ返事で参加を申し出た。
俺はこの王都行きにかなり乗り気だ。なぜなら、かなり前から王都の図書館で刻印魔法について調べてたいと思っていたからだ。刻印魔法とはたまに見つかる古代文明の遺跡から発見される魔法陣を利用した物で、ほとんど解読されていない古代文字を使用しているので王都レベルでないとちゃんとした文献がない。なぜ刻印魔法を調べたいのかと言うと刻印魔法を利用した物には冷蔵庫がある。つまり、刻印魔法を利用すれば電化製品を模倣できるのだ。それをルードルス家でも作りたい。俺は前世での英語の記憶が残っている。中学レベルだが基本文法は知っているので、古代文字を解読できるのではないかという期待を抱いている。
俺はブリュッケン公爵に王都で少なくとも3週間過ごしたい事と、王立図書館に入りたい旨を手紙に書いて公爵領都に送った。
公爵からの返事はどちらも可能との事だった。
俺は公爵家が用意してくれた馬車で約1ヶ月半かけて王都に着いた。新年まであと3週間ほどあるので俺は公爵にお願いしていた国立図書館に通い詰めることにした。
俺はまず刻印魔法の入門書の様な本を探し出して読み始めた。
そもそも刻印魔法は魔法図形と魔法文字を組み合わせた魔法陣を素材に魔力を込めながら書き込む事を指す。そしてその書き込まれた魔法陣に魔力を通す事で魔力的効果、例えば、
〝光る〟などの現象を引き起こす。
魔法陣を書き込まれた物を魔道具と言い、魔道具を作る人を魔道具師という。魔道具は、そもそも魔道具師の数が少ない上、材料も貴重な物が多いので貴族や金持ち商人くらいしか買えない。
初日で刻印魔法の基本は分かったので明日からは既存の魔法陣について調べていくつもりだ。
王都に到着してから1週間たった。俺はこの1週間、図書館で本と格闘していた。最初は既存の魔法陣から共通点や公式みたいなのを編み出そうとしたが、全くダメだった。魔法文字や魔法図形はランダム性が高く、俺の手には負えなかった。次のアプローチとして古代文字で書かれた魔法陣の資料を解読しようとした。結果、こちらも惨敗だった。正直、英語の文法を応用すれば何とかなると思っていた俺がバカだった。そんなに簡単ならもう既に解読されているはずだ。
自分の過ちに気づいてからは古代文字の資料をそのまま模写し、研究者の論文をまとめる作業に移った。特に論文のまとめは大変だった。この世界の本は基本的に無駄が多過ぎる。まとめれば3ページぐらいの内容をごちゃごちゃ書いて10ページぐらいにする。まるで国語の入試の現代文に出てくる様な簡単な事を難しい言葉や回り道をして簡単に読者に読ませる気のない筆者の様だ。前世でも俺はコイツにはイライラしたのを覚えている。
そして模写を始めて3日経ったある日珍しく来客があった。しかもわざわざ図書館まで訪ねて来た。その来客とはブリュッケン公爵で後ろに体格の良い40代ぐらいの男性を連れいる。ブリュッケン公爵は俺に話しかけてくる。
「今、時間は大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですが」
「こちらは王国第一騎士団団長のワーナー侯爵だ。」
「第一騎士団団長のシュタイン・ワーナーだ」
第一騎士団とは王国にある12の騎士団の中でも精鋭が集まる騎士団で皆が剣術上級以上の実力を持つ。
ワーナー侯爵は俺のバトルホースを見たいらしい。実はブリュッケン公爵がマルクス帝国の撃退に向かった際の軍議でルードルス家がバトルホースの調教に成功したのを話したらしい。俺は王都にバトルホースを連れてきていないと伝えると今度、わざわざウチの領都キンブルに来る事になった。聞く所によると他の騎士団や貴族も興味を示したらしいがまだ俺が王都にいるとは知らないようだ。ここら辺は後で対応を考える必要がありそうだ。
俺はバトルホースを見せるかわりに第一騎士団の訓練に参加させてもらうことにした。この最高戦力を一目見ておきたいし、ウチに取り入れられる訓練があるなら参考にしたい。
次の日から刻印魔法と古代文字に関する本の模写をレオポルドに任せて俺は騎士団の訓練場に向かった。
訓練場では第一騎士団が既に揃っていた。俺は軽い紹介を受けた後に訓練に入った。団員の鋭い視線が俺に刺さる。それもそうだろう。こんな所に貴族の子供が遊びに来るのを快く思わない人の方が多いのが普通だ。
俺はそんな視線を無視して訓練に合流した。
準備体操を終えたあと、普通の2倍の重さの剣で素振りを1000回した。300を超えたあたりから腕が悲鳴をあげる。たった2倍の重さでこんなにもキツくなるとは。
その後、木の十字に鎧を被せたマネキンにひたすら打ち込むという訓練が昼まで続いた。
第一騎士団だから特別な訓練をしているのかと思えば基礎的な内容が多い。それだけ基礎が大切だという事だろう。
午後からは一対一の対人戦だ。俺の相手は騎士団長のワーナー侯爵直々にしてくれる事になった。ワーナー侯爵はこの国に1人しかいない、ファーレンス流剣術帝級の剣士だ。もちろん、俺なんかが相手になるわけもなく一方的に打ちのめされた。俺は身体強化魔法をかけているのにも関わらず、ワーナー侯爵は素の状態でも俺の木剣を全て避けている。そして寸分違わず俺の防具に当ててくる。
俺はあまりにも勝負にならないのでバックラーを使わせてもらうことにした。ワーナー侯爵初めて見るのか、とても物珍しそうにしていた。初見なのでさっきよりは善戦するが10合も打ち合えばこちらが防戦一方になる。
怪力と戦った時よりバックラーの使い方は上達しているはずなのに、怪力の時以上に腕が痛い。体格は俺より少し身長が高いだけだが、パワーとスピードが全然違う。俺はまだ基本的な体の使い方が未熟だと痛感した。
対人戦を2時間やって訓練が終了した。騎士団でもやはりバックラーは珍しい様で、対戦が終わった後、ワーナー侯爵を中心に俺の盾に群がってきた。力果てて倒れ込んだ俺から盾を奪って使ってみる団員達。俺は化け物級の体力に呆れた。
俺は改めてバックラーの有用性を感じた。
パワーに差があってもバックラーで受け流せば余裕で防げるし、相手の攻撃を流してからのカウンターはかなり効果的だ。領地に帰ったら各々に任せていたバックラーの使い方を確立させようと思った。
俺はその後も毎日訓練場に通い、そして気づけば新年のパーティー当日になっていた。
パーティーでは爵位が低い順で入場していく。公爵まで入場したら国王が入場する。そして最後に初めて参加する貴族が国王の紹介と共に入場し、寄親のところまで歩いていくのがしきたりだ。
俺は少しどきどきしながら控え室で待つ。俺の他にも3人の貴族がいる。この中では俺が1番爵位が高いので、俺が最後に入場する。一人、俺を睨みつけている奴がいるが気のせいだろう。俺は無視を決め込む。
そして俺の入場になった。
「最後は王国東部の魔の大森林に面する、
ルードルス家のアークノイド・ルードルスだ。まだ10歳と当主として若いが最近、バトルホースの調教に成功するなど目覚まし成果を出している未来ある若者だ。」
会場全体がざわめく。バトルホースのことは知っていてもルードルス家が王都にいるとは知らなかったのだろう。さらに、俺は大人の平均身長よりも普通に高い。体格の面でも10歳とは思えないだろう。俺はそのままブリュッケン公爵の元へ向かって公爵の斜め後ろに立つ。そして晩餐会は続いた。
国王の話が終わり、食事を食べようとすると他の貴族達がやってきた。どこもかしこも、バトルホースの調教方法を教えてくれだの売ってくれなど話だ。流石に上級貴族は俺が嫌がるのをわかっているだろうし、後ろ盾は王国一の権力を持つブリュッケン公爵だ。下手な真似はしない。群がってきた貴族も公爵の睨みで一目散に退散する。
実はワーナー侯爵にバトルホースの事を尋ねられた日にブリュッケン公爵と密約を結んでいたのだ。
俺はワーナー侯爵と会った日の夜、ブリュッケン公爵にバトルホースの件で他の貴族からの介入を断つ代わりにブリュッケン公爵家に年に数頭譲る事を提案した。すると公爵からはすぐに了承を貰えた。更に、公爵から婚姻話を持ちかけられた。相手は何とブリュッケン公爵の孫娘で長女、ソフィアだ。俺はこれにかなり驚いた。長女の婚約相手という事はルードルス家を公爵派閥の二番手、三番手にする事の意思表示と同じだ。ブリュッケン公爵は俺の将来性を信じていると説明した。俺はもちろんこの話を受けた。王国内でのブリュッケン公爵家の力は絶大で最高の婚約者と言っても過言では無い。そして何より俺はまだ騎士爵を授かったばかりの頃に一度城で迷子になった事があってその時にソフィアに会った方がある。ソフィアは俺の前世の女と比べても遥かに美人で可愛いらしかった。俺とソフィアの結婚は俺が15歳になったら行う事になっている。
それまでは俺が城に出向いてデート重ねる事になる。ソフィアは同い年だが、俺が緊張しすぎて会話が続くか心配だ。
今回、国王に献上するバトルホースは例外として俺と公爵は国にバトルホースを年に2頭献上してそれ以外は基本外に出さないことにした。これでいざという時は王家からも圧力をかけてくれるだろうとの事だ。
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