第14話 探査ビーコンと夫婦

 騎士ウィルは野イチゴのソースのかかった肉を噛み締めながら、視線を泳がせていた。肉はうまい。少し硬いがタマネギと合わせると問題なく食べられる。野イチゴの甘酸っぱさが肉の味を引き立て、キノコの食感と旨味が最高の組み合わせである……


 だが、問題はこの自称科学者の少女だ!


 食事の間、アメノはずっと満面の笑みを浮かべながら身体をよじらせている。普段の無表情さがこんなにぐだぐだに崩れてしまえるのが信じられないぐらいである。


 「んんーっ……」

 アメノの口は暢気に歓喜の歌を奏で続けている。


 顔を紅潮させて、身体のラインに沿ってきっちり縫製された服がくねくね動いているので、ウィルはついこの間見たアメノの素肌を重ねてしまう。

 


 「あぐ」 

 妄想がウィルの脳を甘くつつき、口から変な声が出る。

 邪念! 邪念が!!? 


 アメノとは人助けのために協力し合うと誓った大事な仲間じゃないか?!

 だいたい、幸せにご飯を食べているだけの少女に邪念を抱くなど、騎士として未熟!! 


 

 「ご馳走様! すごく美味かったよ! じゃあ素振りしてくる!!!」


 ウィルは燻製屋夫婦に料理の礼を言うと、訓練をすることにした。

 その燻製屋夫婦も、なんか上気した表情でお互いを見つめていたがもう知らん!


 鍛錬だ! 訓練だ!

 自分のテントに戻った、ウィルはロングソードを正面に構えると無心でひたすら振りはじめた。



 「はうう……」

 そのころ、アメノは料理に夢中だった。



 ◆ ◇ ◆



 灰白色の複合セラミック装甲に覆われた調査船の中。


 アメノは三次元原子加工機レプリケーターから組みあがった部品を取り出した。

 

 「Please AI, 船尾頂上プラットフォームで組み立てを」

 『かしこまりました』


 AIの操作する機械腕マニピュレータに部品を渡す。これで最後のはずだ。鉱石もなくなった。


 『探査ビーコンの設置完了しました、これでやっと一息付けます……マスター、身体洗浄装置の稼働を提案します』

 「不要、エネルギーは研究解析装置に回して。サンプルが気になる」


 と言うと、立体画像のAIがあからさまに落胆した表情になる。

 『ええ……お身体を洗わないんですか?!』

 「水浴びするからいい、代替可能なエネルギーは節約」


 『うう……最高の楽しみが、あ、いえ、なんでもありません』

 AIの楽しみって何だ。どうもおかしい。


 「Please AI, 自己診断モード。墜落してから貴方はどうも不安定。精神安定プログラムが必要かも」

 『自己診断モード起動します。……12%、37%、78%、100%。スキャン完了。……ステータスオールグリーン。正常です。お気遣いありがとうございます』

 AIは無表情に戻り、省エネモードの2頭身の身体で器用にスカートをつまんで恭しく礼をする。

 

 正常ならしかたない。


 ……正常?

  


 

 ― ― ―


 月に通る輪が美しく光り、調査船の船尾にある頂上プラットフォームに立っているアメノを照らしていた。


 バシュッ!!!

 シュルルルルウ……


 夜の空にワイヤーケーブルを取り付けた探査ビーコンが打ちあがった。ビーコンは上空でヘリウム入りの浮袋エンベロープを広げ、浮力を確保する。


 大きな風船のようなものが調査船につなぎ留められて、夜の空にぷかぷか浮きはじめた。



 『射出成功です』

 「広域調査開始」


 ビーコンが周辺の情報を収集し始める。


 分析結果を見て、アメノが軽く眉をしかめた。


 「……崖の近辺に死者ゾンビの高密度反応がある。再度の鉱石の回収が困難」

 『エサもないのに集まるのですか?』

 

 AIが不思議そうに答える。科学者つきのAIはこうやって、会話に相槌を打って思考や研究の補助をするのも仕事の一つである。


 「我々があそこで活動した結果、死者ゾンビの興味を集めてしまったと推論……」

 『であれば、ほかの地域の密度が下がっているのでは』

 

 「ふむ」


 確かに、死者ゾンビの密度には波がある。であれば、薄いところを狙って探索すれば楽だろう。


 「次に生きている人間の反応を探す」


 ウィルに気持ちよく肉と鉱石と肉を運んでもらうためには、肉のために人間を探してあげる必要がある。もちろんすべては研究結果を持ち帰るためであり、合成ペーストが残り少ないので肉を食べる必要があるのだ。食料合成プラントに回すエネルギーを節約しているのはすべて合理的な判断である。これが全体最適というものであろう。


 AIが報告する。

 『生体反応、直近に1名、少し遠くに2名』

 「それはウィルと、燻製……ふむ?」


 なんであの二人はあんな場所に??



 ― ― ―


 月明かりに照らされた湖面を見ながら、岩陰に座った二人、ゴルジとフィリノは抱き合っていた。


 「んっ……」


 どちらからともなく口を重ね、小さく声をあげながら口を動かしている。


 そして、ゴルジの太い手がフィリノの服の中にはいり、脂肪で膨らんだ胸部を揺らす。


 身体をひっつけあい、手でお互いをまさぐりながら口を重ねる二人。

 息を荒くしながら、転がったり上になったり下になったりしている。



 いったい何をしているのか。アメノは近づいてよく観察してみることにした。


 岩陰から顔を覗かせていると、ゴルジと目が合う。


 「……って、うわあああああ?! アメノ様?!」

 「きゃあ?! み、見ました?!」


 燻製二人が随分と驚いている。


 「問題ない、続けて」

 「無理です!!!?」「無理だよ?」




 ― ― ―



 ゴルジとフィリノは慌てて衣服を整えると、真っ赤になって質問に答えてくれた。


 「あーー、その、何をしているかと言われるとその、夫婦の営みで」

 「これは二人っきりでするもんなの!」


 「なるほど、分かった」

 よくわからないが、夫婦というパートナーは、二人っきりになると身体を引っ付け合うようだ。



 「我々も見えるようなところでしていたのは申し訳ありやせん」

 「できるだけ隠れてするからさ、ね?」


 フィリノが頼み込むような真似をしてきた。何が「ね」なのだろう。


 「別に私は見せてもらっても構わないが」

 「俺らが構います?!」「あたしらもその趣味はないから?!」


 調査したいだけなのだが、それを言うとゴルジとフィリノが途端に慌て始めた。


 「お願い! 二人っきりにしてください!」

 「わかった、二人っきりにしよう」

 フィリノが必死に拝み込んで来たので、その場を後にすることにした。

 ……調査継続のため、探査プローブはセットしておく。

 

 「ふぅ……お判りいただけたか」

 「……まったく、アメノ様のせいなのに」

 アメノが離れると、なんか安心したようなゴルジに、フィリノが呟く。私のせい?


 いったい何がどうして燻製たちが身体を引っ付け合う事態になったのだろうか……さらなる調査が必要だ。音声と映像も収録しておこう。







 『これは禁則事項ですううううう?!』

 

 その後、せっかく収集した音声映像データはサポートAIに差し押さえられてしまった。


 「解せぬ」

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