第13話 鹿ヒレ肉のソテー
よじよじ。
アメノは湖に沈んだ調査船の頂上――本来は最後尾だった――によじ登っていた。身に纏う
周囲を見渡す。
湖は入りと出の二つの口で川と繋がっており、一本の川の途中にひしゃげたような円形の水の塊がぶら下がっているような形をしている。湖は深い森に囲まれているが、湖畔から森までの湖畔は広々とした平地になっている。湖畔の水際には背の高い草が生えており、森に近い川の平地は背の低い草に覆われ、テントが二つ見える。
そして、そこでは燻製屋のゴルジとフィリノが土をひっかいている様子が見て取れた。
ウィルがどこかで見えないか探してみたが、馬に乗って森の中に入っていってから、もう姿は見えない。
……今にもウィルが肉を持って森から出てこないかとキョロキョロ探してみたが、森の木々は厚く絡み合っており、全く見えそうにない。
「残念」
ちょっと不満げに、アメノは当初の目的に戻った。
手元の端末を操作して、調査船の頂上での日照状況を調査する。「よし」と一言呟くと、調査船を操作しはじめた。
ウィイイン……
低い振動音とともに、船尾の壁が開き、伸縮デッキが展開していく。あっという間にある程度の広さのあるプラットフォームが出来上がった。
次に、船外工作用の
「補助ソーラーパネルが完成」
鉱石から抽出したメタルで作成した10枚ほどの黒い物体――太陽光エネルギー吸収機――を並べて、作業が完了した。これで利用可能なエネルギーが増える。身体洗浄機を動かすか、防衛モジュールを修理するか……。
いや、それよりも優先することがある。
アメノは端末を操作した。
ぴょん!
目の前に立体映像のサポートAIが飛び出してきた。大きな赤いリボンを頭につけた、エプロンドレス姿はそのままで、
『マスター、寂しかったですーーー!! ってなんで私こんなに小さいんですか?私のナイスバディは?!』
彼女の言う通り、彼女の映像は二頭身にデフォルメされてしまっていた。
「エネルギーを節約している」
『ってフネがほとんど稼働してないじゃないですか、生命維持装置も止まったままじゃないですか、食料合成プラントが止まりかけじゃないですか、個人防衛モジュールも大破してるじゃないですか、エネルギーをほとんど何に使っちゃったんですかーー?!』
さっと状況を確認しただけで大慌てモードに突入するAI。
「緊急事態であった、やむなし」
そう、燻製を救うために個人防衛モジュールを
『いま、フネが鉱石のメタル抽出以外の仕事してないんですけど……、なんでこんなに状況が悪化して……』
「加工はすぐに終わる。そうなればエネルギーを順番に回して最低限の稼働は可能。……それよりも大事なこと。このサンプルの分析を始める。サポートを」
『サンプルですか?』
アメノはAIに
◆ ◇ ◆
「もどったぞー」
ウィルはニコニコしながら、馬を歩ませ森から出てきた。馬の背中に大きな牡鹿が1頭乗っている。
屋外で作業をしていたゴルジとフィリノが出迎えた。
「騎士様。よくぞお戻りくださいました……おお、立派な鹿ですな!」
「おお、いいのが取れたぞ。この肉の量なら5日や6日は食えるかな? 血抜きはしてある」
「いよっし! あたしが早速さばくね!」
フィリノが大ぶりのナイフを取り出した。
枝を敷いた即席の加工場の上で、ゴルジとフィリノが大鹿を横たえた。フィリノが喉笛にナイフを突き立て、一気に肛門まで皮を切り裂く。
そして、ナイフをテコに胸骨と肋骨をつなぐ軟骨を切断、つぎに腰骨も解体する。
「よし、次は
喉に詰まった管を掻っ切ると、そのままずるりとモツを一つながりで取り出した。
「フィリノ、モツから糞を出すなよ」
「そんな素人じゃないよ何言ってんだい」
フィリノは豊満な身体を揺らしながら、慣れた手つきでモツをよけ、飛び散った血を湖の水できれいに洗う。
「これはいい皮だねぇ……、あんた、頭もって」
「あいよ」
フィリノは首と手足に切れ込みをいれ腹の切れ込みにつなぐと、ゴルジに頭を持たせて、指を皮と肉の間に差し込み、するすると皮を剥いでいく。
まるで服を脱がすようにするっと皮がはがれた。
「あとは肉だね!! ロース! バラ! モモ! スネ! ……」
手際よく肉をばらしていくフィリノ。
そして、肋骨の奥から2枚の肉を取り出した。
「ヒレ!」
「おお、綺麗なヒレが取れたなー。まずはこれを食べるか!」
ウィルの顔から笑みがこぼれた。アメノの反応が今から楽しみだ。
◆ ◇ ◆
第一陽が地に沈み、第二陽が半分森の影に姿を消したころ。
じゅわぁ……
肉の焼ける音が辺りに響き渡った。
「……肉!」
アメノは肉の音と匂いに急行した。
3人がカマドを囲んで、ワイワイしている。
「あ、遅かったな。アメノさん」
「重要な調査があって……それより今度は何? 燻製?」
「これはアメノ様。鹿ヒレ肉のソテーでございます」
見ると、カマドの上に湾曲した鉄板があり、肉と植物がジュワジュワ音を立てている。
「えへへ、あたしが森で摘んできたんだよ! タマネギにキノコに野イチゴ!」
フィリノがその脂肪のたっぷりついた胸を張り、上衣の中でたゆんと揺らした。
「肉汁が良いソースになりますぜ……ってコショウを使っていいんですかい?」
ウィルが塩とコショウの袋をゴルジに渡した。
「いいよいいよ、おいしい料理を作ろうぜ!」
塩とコショウが振り入れられ、あたりに香ばしい匂いが立ち込める。
「トレイとフォークを持ってきた」
さぁ、早く食べさせるんだ!
アメノは船から全員分のトレイとフォークを持ち出して配った。
「どうぞ、魔導士様、騎士様」
ゴルジが出来上がったソテーを2つのトレイに盛り付ける。
それを見てウィルが口を出した。
「あ、お二人さんの分もちゃんと取ってな? 4等分しよう」
「そんな恐れ多い?! どうか騎士様と魔導士様に召し上がっていただきたく」
「こんな状況なんだ、身分がどうのとか言うのやめよう。みんなで助け合わなければ」
「……騎士様……」
「なんてありがたいお言葉……」
ゴルジとフィリノが口々にウィルを拝むような真似をする。
しかし、アメノは自分に回ってくる料理が止められていて不満であった。
むーーー。
何をいまさら分配で揉めているんだ!?
そんなことは事前に相談をして置けばいいじゃないか?!
これだから野蛮な社会制度は困る、統合民主主義なら全員の合意により即座に、最大限に、公正に、「一番役に立つ者に一番多く配分」されるというのに!
とはいえ、この惑星では私は一人だ。よって、この惑星のしきたりに従わなければならない。……で、いつ食べていいのだ。
「えっと、アメノさんがさっきから料理を滅茶苦茶にらんでるから早く分けて! 早く!!」
「は、はい!!」
無言の抗議を続けたところ、ウィルとゴルジが慌てて分配を終わらせてくれた。まったく。
― ― ―
肉には焼き色がうっすらとついており、バラ色の表面は光り輝く肉汁と油が包んでいる。そして肉の周りは薄く切られた植物がそっと添えられていた。
アメノはフォークで肉を一つとって、口に運ぶ。
前回と同じ塩味を期待して噛み締めると、全く違う味が口内に広がった。柔らかな歓喜が口全体に広がり、軽く舌を刺すような刺激がさらに脳に歓喜を直接届けてくる。
「あっ……はふ……」
身体が震える。
「どうですかい? 野イチゴを合わせたんで肉の旨味に甘酸っぱさが加わってサイコーでしょう!」
ゴルジが自慢してきた。
「これが甘酸っぱい……?!」
もう一口食べる。ああ、塩だ。コショウだ。油……だけでない口内をとろりと包む多幸感……
背中を貫く快感の連続に身体をよじってなんとか耐え抜く。
目をつぶっても顔が熱いのが分かる。これは……
「はぁ……美味しい……」
あれ?
気が付くと、ウィルもゴルジもフィリノも3人とも、顔を赤らめながら私を見ている。
……やはり、美味しいからみんな体温が上がっているんだな!
もう一口、こんどはタマネギと一緒に食べる。また違う甘味が舌を溶かしてくる?!
「あぅん……」
アメノが料理の一口一口を全身で楽しんでいるころ、ウィルとゴルジとフィリノは俯き気味に言葉少なく食べ続けていた。
なお、キノコはあまり味がなく、アメノはちょっと不満だった。
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