第9話 燻製を救え

 崖の前、荒れ地の上に爆風が一瞬巻き起こり、

 ふわり……と灰が舞った。


 アメノの個人防衛モジュールの極遠赤外線レーザー砲は多弾頭射撃を実施。標的32体のうち、5体は射程外。1体は外れ、26体に命中し消去完了した。


 「う”あ”……」


 死者ゾンビたちが一瞬たじろいだように見える。


 興味深い、やはり意思と感情を感じる。こいつらは生きている。



 「がああああ!」


 残った6体が一斉に私の方を振り向き走りだした。


 が、この程度のスピードなら逃げ切れる、筋肉の電位を読み取り、脚を包む共鳴繊維シンセサイズファイバーが伸縮して脚の動きを補助し、走る速度が劇的に向上する。


 こうして距離を稼いでいる間にレーザー砲の再装填リチャージを……


 個人防衛モジュールからアラームが点灯した。『レーザー砲:使用不能(過負荷出力により損壊)』


 あれ。



 「アメノさん! なんて無茶を!」

 走っているとウィルが駆けつけてきた。

 剣を振りかざして、死者ゾンビに切りつける。


 助かった、あとはウィルの戦いを観察して楽しもう。

 私はウィルの背後に逃げ込んだ。


 ウィルは襲い掛かる死者ゾンビの手をよけつつ手足を斬り飛ばそうと隙を伺っているようだ。


 「無茶とはいえ助かる! あとは俺が時間を稼ぐから、その間にもう一回魔法を!」

 「無理……壊れた」 


 「……無茶をしすぎ!!!」

 「彼を救うためには必要な措置!」


 ウィルが恨めしそうな顔をしてこちらを見てきたので、燻製屋さんを指さして説明する。彼がいなくなったら誰が私に美味しい燻製を作ってくれるというのだ!


 「……くっ、死者ゾンビの大軍を前に俺が躊躇してたのに、アメノさんがそんなまっすぐな目で」

 「ウィル殿と私は同じ思いのはず」 

 ウィルも燻製は好きだと言っていた、きっと食べれば喜ぶだろう。


 「……そうだな!」


 吹っ切れたようにウィルは笑うと、剣を正面に構えなおす。


 「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」 


 ウィルの動きが加速した。

 やった、またあの戦いが見れる!! アメノはとても嬉しそうな表情を浮かべながら観察を始めた。



 ◆ ◇ ◆


 

 「うおおお!」


 ウィルは雄たけびを上げながら、死者ゾンビたちの注意を引き付け、小屋の方に向かって駆け出した。


 死者ゾンビたちは統制も何もなく、それそれの速度で追いかけ始め、ばらけ始める。


 そして小屋の壁を背にすると、一番早く駆け付けた死者ゾンビを袈裟懸けに斬り下ろした。


 「次!」


 2体目が襲い掛かってきたが、これも掴みかかってきた腕を斬り落とし、バランスを崩したところを脳天に剣を振り下ろし無力化。


 3体目も難なく切り伏せた。



 しかし残りの3体が同時に襲い掛かってくる!!


 1体を倒そうと集中すると残りに身体をつかまれ、そして食い殺される。ウィルの仲間もそのように次々に食われていったのだ。


 そうされまいと掴みかかろうとする6本の腕を剣で打ち払いながら隙を伺う。

 しかし、戦いながら少しずつ後退するウィルはだんだんと壁際に追い詰められていった。


 ドシャア!!

 突然、太い丸太が死者ゾンビの一人の頭上に降ってきた。


 「支援しますぞ騎士殿!」

 「ナイス!」


 ゴルジは次々に屋根から壺やら引っぺがした材木を投げつけてくる。ゾンビが多少ひるんだ。


 そのスキに一体ずつ片づける!!


 1体目を蹴り倒し、2体目のクビを斬り飛ばしたところで、3体目に接近されすぎた。


 ドスッ!!!


 身体全体に鐘が響くような衝撃が突き抜ける。一瞬息が詰まった。


 たたらを踏んで体勢を立て直す。


 やはり、死者ゾンビたちは甘く見るべき敵ではない。今の打撃も鎧の上からだったから耐えきれたものの、無ければアバラが壊れていただろう。冷や汗が背中を伝った。


 「ぐ……はぁ!」


 最後の1体を斬り伏せ、戦いは終わった。



 - - -



 ウィルが息を整えていると、燻製屋のゴルジが四角い顔を喜びに輝かせながら、降りてきた。そしてフィリオも駆けつけてくる。


 「あなた!」

 「フィリオ!」

 ひしっと抱きしめ合う。実によかった。


 「騎士様! ありがとうございます!

 「夫が無事でしたのは騎士様のおかげです!」


 口々に礼を述べる燻製屋夫婦。


 「素晴らしい戦い、美しい」


 アメノもニコニコしながらやってくる。


 「いや、今回はアメノさんが大部分焼き払ってくれたからだよ…その魔道具、大丈夫か?」

 「出力を上げすぎた、使えない」

 

 アメノがベルトから伸びた杖のような魔道具を指して言う。

 

 ここまでの魔道具なら貴重なものだろうに、平然と壊してまで戦ってくれるだなんて。

 

 「アメノさん、そこまで……ごめん、俺、アメノさんの勇気を見て思い直した。人を救うために出し惜しみしちゃいけないんだ……これからも協力してくれるか?」

 「ウィル殿、もちろん協力する」

 アメノがにっこりと笑う。

 

 ちょっとクールなところがあるから、人助けとか興味ないと思ってたのに、見直した。なんてすばらしい少女なのだろう……


 そう、俺も騎士として彼女に頼らずとも人を守れるようにならなければ!!!



 ◆ ◇ ◆


 ウィルがとても喜んでいる。

 

 そうだろうそうだろう。私もこの専門家の作る燻製が楽しみだ。

 ウィルもちゃんと作った燻製はとても好きだと言っていたし。


 個人防衛モジュールは惜しいが、そのうち修理も可能だろう。

 

 

 ウィルが燻製屋に話しかけている。


 「ゴルジのおっさん、実は向こうの森の中に、死者ゾンビの来ない湖がある、そこに逃げるのがいいと思うが」

 「騎士様! ぜひお願いします!」

 

 他の死者ゾンビが集まる前に手早く移動することにしたようだ。


 その前に小屋を調査する。


 役に立ちそうなものは全部持っていこうということで、毛布やいくつかの古い道具類が見つかった、丈夫な背負いカゴが手に入ったのでドルジとフィリノが背負って持っていくことになった。


 その間に私は、こっそりと死者ゾンビのサンプルを回収した。ああ、未知の生命体! 研究するのが今から楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る