第8話 森の外で燻製屋

 森から出たアメノの顔をさわやかな風が撫でて行く。森の中とはうって変わってさっぱりと乾いた風だ。


 目の前にはなだらかな平野が広がっていた。背の低い草が風になびいて、緑色の波がどこまでも広がっていく。


 そしてあちこちに柵で囲まれた草地があり、草の海の中にぽつぽつと申し訳程度の木々の塊が浮かんでいた。


 「このあたりは放牧をしていたんだが……家畜が見当たらないな。食われたか」

 

 ウィルが説明してくれた。

 放牧とはたしか、有用な動物を騙し、行動の自由を奪って飼い殺しにして、食料や資材を搾取する仕組みだったか。食料や資材を直接生産したほうが早いのに実に原始的だ。

 

 しかし、食べたという死体ゾンビはどこに?


 「あそことあそこにいるな……」


 見ると、遠くの方でいくつかゆらゆらと揺れている土気色の影が見える。こちらからも見えているということは向こうからも見えているのではないだろうか。


 「いや、大丈夫だ。あいつらはあまり目が良くない。というか目が腐り落ちているのもいるからな。死者ゾンビどもは音と匂いに敏感なんだ、特に誰かがケガして血を流したり、悲鳴を上げたりすると周囲の死者ゾンビどもが一斉に襲ってくる」 

 「なるほど、ところで敵だけど攻撃しなくていいの?」


 そうすればまた、あの武器は剣というらしい、を持って舞ってくれるんじゃないかと期待して聞いてみる。


 「いや、戦って音を立てたり、血を流せば周りの死者ゾンビどもを呼び集めてしまう。それより生き残り探しが目的なんだ……」


 というとウィルは何かに思い当たったかのようにこちらに向き合ってきた。


 「アメノさん、そういえば周囲の人間を探すような魔法はないか?」

 「魔法はよくわからないが、技術はある……ただ、作らないといけない。鉱石が必要」

 「だったら、やはり鉱石を拾うか……」


 そう、鉱石が十分にあれば、レーダー気球を作ってあげることもできる。視界を持ち上げれば探索範囲は飛躍的に広がるだろう。まず鉱石なら……アメノは手元の端末を操作した。こういう緊急時は脳波読み取りよりも手動操作の方が何かと確かなのである。


 「向こうのほうに鉱石の反応がある、地表に落ちてるはず」

 「たしかそっちには崖があったな。誰か逃げ込んでないか……よし行こう」

 

 行こうということになった。

 

 ◆ ◇ ◆ 


  

 ウィルはアメノを連れて、死者ゾンビの居る場所を避けたり、単体であれば処理しながら進んでいる。


 進むにつれて少しずつ草が減ってきて、土地が盛り上がってきた。低い崖が始まってだんだん高くなっている。


 アメノが崖を指さした。 

 「断層がある、鉱石が手に入る可能性が高い」

 

 断層とはなんだ。

 

 「断層とは断裂した地層。または岩石面に不連続性があること。プレート運動などの結果、複数の岩塊が衝突して応力が増大し、歪み閾値を超えるレベルに達することで……」


 アメノが何か専門的なことを言い出しているのだが、全く理解ができない。さすが偉い魔導士だな。


 「すまん、わかるようにしゃべってくれ」

 「地面がズレているから、地中の鉱石が手に入る」


 ありがとう。それだけわかればいいな。




 ガサゴソ…… 

 突然、茂みが揺れ動いた、反射的に剣をそちらに向ける。


 死者ゾンビか?!

 

 「……騎士様?! お救いください、夫が化け物に!」

 

 飛び出してきたのは若い少女だった、ふくよかな感じの身体を白いブラウスと長いスカートに包んでエプロンをかけ、亜麻色の髪を2本の三つ編みにしてサイドに垂らし、紅い頭巾をかぶっている。

 なんとなく、見覚えのある顔だな……と思いながら、ウィルは声をかけた。 


 「安心しろ! 旦那は俺が……ってやめて?!」


 「え」

 アメノが意外そうな声を上げた。少女を警戒していたのか、ベルトに着けた魔法具を少女に向けていたのだ。それって一抱えもある立木を一瞬で燃やし尽くした凶器ですよね?!


 アメノが不思議そうに質問してくる

 「急に出てきたが、敵では?」

 「人間です! 味方です!」

 「そうなのか」


 いまいち納得して無さそうなアメノを抑えて、少女に向き合う。


 「ところで、君の顔はどっかで見たことがあるんだが……旦那さんというのは?」

 「はい、私はフィリノ、夫は燻製屋のゴルジです」

 「あーー! いつも助かってる!」

 

 ウィルはいつも部隊にベーコンを運んでくる四角い顔をした髭面の農家のオッサンを思い出した。生きてたのか!良かった……いや、死ぬかもしれない急ごう。


 「で、旦那はどちらに?」

 「逃げてきたんですけど、声を出して見つかっちゃって……夫はバケモノどもを引き付けると言って、大声で叫びながら向こうの小屋の方に走っていきました……きっと今頃……」

 というとフィリノは崖の上を指さす。

 

 「いくぞ!」


 ウィルは小屋の方に急行した。



 - - -



 「ガアアア!!」

 「アガアア!」


 狭い小屋に死者ゾンビたちのくぐもった声が響く。

 

 捕まれそうになりながら、中背の筋肉質な男―燻製屋のゴルジ―は必死ではしごを駆け上った。

 そして死者ゾンビがとりついた梯子を蹴飛ばして、死者ゾンビが落ちていくのも見ないでなんとか屋根によじ登る。


 「こ、これでなんとか……」


 死者ゾンビたちのうめき声と腐臭が立ち込める中、ゴルジは屋根の上に倒れ込んだ。先ほどから走って走って走ってよじ登って、全く生きた心地がしなかったのだ。

 

 しかし、ゴルジが一息つけたのも、わずかな間だけであった。

 ゴリ、ガリ、という音がして死者が壁を壊し始めている。


 ……幸い、主柱を見極めて壊してきてはいないが、屋根が崩れるのも時間の問題だろう。


 「フィリノ……うまく逃げてくれよ……」


 ゴルジは自分がほぼ確実に食われることを予測しながら、それでも自分の妻の生き残りを願っていた。



 - - -




 「数が多すぎる……」

 茂みに隠れて様子をうかがうウィル、そばにアメノとフィリノが控えている。


 小屋の周りにはすでに30体を超える死者ゾンビどもが群がっていた。死者ゾンビどもは生前には考えられなかったような怪力を発揮する。囲まれて捕まれば即死だろう。

 

 かといって数体ずつ処理しようにも注意を引けばたちまち十数体が襲い掛かってくるだろう。クロスボウで数体の動きを止めても同じだ。


 「フィリノ殿。燻製屋とは、あの煙臭くてぼそぼその肉を作るのか?」

 「ウチで作るのは違いますよ! ベーコンも香ばしく、しっとりとした仕上がりで、口に入れたら溶けるような……」

 丸っこい顔を膨らませて抗議するフィリノ。


 「静かにしろ、気付かれる」

 「すみません、騎士様……」

 うなだれるフィリノ、彼女もわかっているのだろう。このままゴルジを救いに行くのは自殺行為だし、戦力があまりにも。


 「ウィル殿、何を待っている?」

 「……救い方を考えてるんだ」

 アメノがいつも通り表情も変えずに言ってくる、ヤケに癪に障る。


 「早く救うべき、何が問題か」

 「……数が多すぎるんだ、見てわかるだろ」

 「理解した」



 そういうと、アメノは死者ゾンビの群れに向かって駆け出して行った。

 「まて!?」 


 止める間もなく、小屋の近くにいくと、


 「わーーー」


 気の抜けるような声で叫んだ。


 小屋にたかっていた死者ゾンビの群れが一斉にアメノに振り向き、襲い掛かってくる。

 「チャージ開始」

 

 アメノは死者ゾンビが多数釣られたのを確認するように振り向き、

 「対象ユニット選択」


 捕まるか捕まらないかぐらいの速度で、少し後退し……


 「3、2、1」


 「0」


 バシュッ!!!!


 

 一斉に標的を焼却する魔法のような何かで死者ゾンビの群れを焼き払った。

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