第7話 証拠隠滅と華麗な舞踏

 装備の点検を終えたウィルが、ふと気が付くとアメノが居ない。


 急いで周りを見回す。

 木々の隙間からは見当たらない。


 「まさか、食われたか?!」

 

 大声で彼女の名前を呼ぼうとして思いとどまる。死体ゾンビは生きた人間が好物で、人間の匂いや声に寄ってくるのだ。大声なんか出したら呼び集めてしまう。



 ウィルは走り出した。


 死体ゾンビの群れに次々と食われていった仲間たちの顔を思い出す。あの少女まで同じようになったら……


 ウィルの頭の中に次々と最悪の状況が浮かぶ。


 そんなのは絶対に嫌だ。


 俺は騎士だぞ。騎士は守るものだ。そう誓ったんだ。


 もう、誰も守れないなんて嫌なんだ。



 ………いた!


 

 独特の光沢のある青い服を着た少女と……その彼女に近づこうとする土気色の影。


 無意識に走りだす。剣を抜き放つ。


 「アメノさん! 逃げて!」

 「えっ……ダメ?!」


 アメノが一瞬、こちらに気づいて慌てた。


 「あーー、うーー」


 両手を上げ、今にもアメノに噛みつこうとする子供型の死体ゾンビを駆け抜きざまにロングソードで掬い上げるように胴体を切り飛ばす!


 そして


 ズオオオオン!!!


 突然の閃光と轟音。


 目の前の立ち木が跡形もなく吹き飛んだ。



 「……えっ?」



 ◆ ◇ ◆



 「ウィル殿、急に飛び出しては危ない」


 アメノは怒っていた。

 危うく、肉と鉱石を供給してくれる協力者をレーザー焼却してしまうところだったのだ。これは厳しく言わなければならない。


 「そ、そういう問題じゃない……というか、コレ、アメノさんの魔法でございますか……?」


 ウィルは何故か変な口調になって、立木だった場所を指さす。灰がうっすらと舞うだけで、そこには何もない。


 「魔法……? 技術というべき」

 「技術系ってことはやっぱり錬金魔導士なのか」

 

 正確な意味が理解できないが、どうも研究や調査に身を捧げ、何かを産みだす者を指す言葉らしい。

 

 科学者の仕事として間違ってはいない。

 それはそれでいい。



 それよりも


 「ウィル殿、どいて。そいつを消せない」

 地面に倒れている小さな個体を指さして言う。その個体はウィルに金属製の打撃武器で攻撃され、腹部に大きな損傷を得てもがいていた。


 「消すのか?!」


 ウィルが驚いている。またまずいことを言ってしまったのだろうか。



 - ー -


 この土気色の小さな個体との友好的な交渉に失敗したのは残念だった。

 途中までは順調に会話を続けていたはずなのだが、翻訳が間に合わずに機嫌を損ねてしまったらしい。


 個人防衛モジュールの警告が脳内に直接響き、共鳴繊維シンセサイズファイバーが緊急回避モードとなって足が地を蹴る、と同時に土気色の小さな個体の掴みかかろうとした手が空振りする。


 「あ”あ”ーーー!!」


 土気色の小さな個体が口を大きく開けて噛り付こうとしてきた。


 5、4、3、個人防衛モジュールの主兵装である極遠赤外線レーザー砲が緊急暖気を行う。

 

 2、1 チャージ完了


 「アメノさん! 逃げて!」

 えっ?! 今はだめぇええ?!


 0


 - - -


 というわけで、ウィルが突っ込んできたせいで照準の修正が間に合わず、罪もなき植物生命体を亡き者にしてしまった。可哀そうに。


 個体はウィルが無力化に成功したとはいえ、交渉を失敗した事実を残すのは今後の活動に差し支えるので、早急に証拠隠滅が必要である。もし万が一、この個体の仲間の集落が近くに有ったら復讐に来るかもしれない。



 ……交渉の失敗なんて無かった。

 これでいこうと思ったのに、なぜかウィルが不本意そうな顔をしている。



 「消すのはウィル殿にとってよろしくないか、もしや友達?」

 「死体ゾンビは敵だ!!」


 なんと、これが先ほど言われていた死体ゾンビ族か。そういわれてみれば、一般的に死体と呼ばれる特徴に近いかもしれない。


 「しかし生きて動いている」

 「……いや動いているが、生きてはいないんだ」

 「興味深い、生命の新しい定義が必要」


 おそらくウィルの定義は間違っている。この死体ゾンビと呼ばれるものは生きているはずだ。


 調査が必要だな。そもそもが敵対生物のようだし、証拠の隠滅は不要だろう。消去するのはやめてサンプルを採取……


 「……不用意に近寄るな! 噛まれたら感染するぞ!」


 そういうと、ウィルはまだもがいている小型の死体ゾンビの頭部に金属製の武器を振り下ろした。





 ◆ ◇ ◆


 とにかくアメノにちゃんと説明しなければ! 俺は必死で説明した。


 「とりあえず、こういう肌色でこういうふうに目が虚ろで、あーうーと言うのが死体ゾンビです! 俺たちの敵です!? 近づいちゃいけません! 見かけたら俺に教えてください! いいですか!?」


 「わかった」


 本当に分かったのかよくわからないが、とりあえず死体ゾンビの見分け方と対処法ぐらいは教えておかないとまずい。あと迂闊にあちこち移動されると困る。


 「死体ゾンビの居る場所では俺に引っ付いて離れないように!」

 「理解した」


 というと、アメノは突然俺の胸元に飛びついてきた。青みがかった髪の毛が揺れて、「これでいいか?」と上目遣いにこちらをのぞき込んでくる。ふんわりといい匂いがした。なのに鎧越しで感覚が分からないのが非常に惜しい……


 ……って、そういう意味じゃない!!! アメノを引きはがす。


 「解せぬ」

 心底不思議そうな顔でこちらを見つめるアメノ。


 「抱き着くんじゃなくて、目に見える範囲で活動してくれ!」

 「最初からそう言ってほしい」

 「分かりにくい言い方でごめんなさい! あと異性に突然抱き着くのもダメ!」

 「それもダメなのか……わかった」

 「よし! じゃあとりあえずココから離れ……」


 遅かったか。



 子供の死体ゾンビがいたからひょっとしてとは思ったが。


 


 「あーー、うーーーー」

 「うあーー」

 「あえうう」



 木陰から3体、大人の死体ゾンビが現れた。

 さっきの子供よりは動きも早く、非常に危険だ。


 「おお、言語サンプル」


 げんごさんぷる?……じゃありません、アメノさんは逃げてて!

 死体ゾンビに近づこうとするアメノを止める。



 ちなみに、先ほどの魔法であの死体ゾンビを消せないのか?


 「……エネルギーが不足している、リチャージ中」

 魔素マナ切れか。



 では、さがっていて下さい。

 「わかった」



 俺は剣を構えた。


 「~まことに汝らに告ぐ! 我は仕え衛る者、騎士ウィルファスなり!~」 


 大音声にて誓いの呪文を叫ぶ。

 身体が軽くなり、周りの動きがゆっくりと流れ始めた。


  

 

 

 ◆ ◇ ◆




 アメノはとてもワクワクしていた。


 ウィルが何かを叫ぶと体が一瞬ほのかに光り、そして猛然と死体ゾンビに斬りかかったのである。


 死体ゾンビたちも一斉に手を振り上げて迎撃する。


 

 ウィルは一番遠い場所にいた1体目の死体ゾンビに向かった。

 掴みかかろうとする死体ゾンビの腕を斬り払って、返す剣で袈裟懸けに切り下げる。


 ゴキッと骨の折れる音がして、血肉がはじけ飛び、茶色の体液をまき散らして崩れおちる1体目。


 「うがー!」

 2体目と3体目が襲い掛かってくる。


 ウィルは背の低い木の幹に回り込んで、攻撃を交わす。

 2体目の振り下ろした手が木の幹に激突し、ぼこりと大きな穴を開けた。


 (ものすごい怪力、想定される筋繊維の太さから考えて異常)

 アメノは逃げるように言われたため、少し離れたところから冷静に観察を続けている。


 ウィルは2体目の逆側に向けて回りこみ、同じく木を回り込もうとした3体目に立ち向かった。


 風を切る音とともに死体ゾンビの腕が掴みかかってくる。

 

 姿勢を低くして、殴りかかってくる腕を避けて、足を切り裂く。

 2体目はバランスを崩して倒れ込んだ。


 そして、木の割れ目に手を突っ込んでいる3体目の頭部を金属製の武器でカチ割り、戦闘は終わった。


 アメノは一連の動きから目が離せなかった。1対3にも関わらず、森の樹木を上手く使って1体ずつ処理していったのだ。


 個人戦闘は全く分からないが、ウィルの動きは何と言えばいいのだろう。そう確か古語辞典にあった。



 「美しい」


 アメノはぼそりと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る