第6話 宗教禁忌と新しい文化

 「解せぬ」


 岩の上に座らされているアメノに対し、ウィルはさっきからずっと怒り続けていた。

 

 アメノが話しかけただけでウィルは突然怒り出した。大慌てでアメノに外套をかぶせると、身体を拭いて服を着るように強要もしてくる。

 ものすごい剣幕だったため指示通りにしたが、その後も岩の上に座らされて、延々と抗議を聞かされることになったのだ。



 アメノは理由を考える。


 湖に入って身体に水をかけて汗を流すことには成功した。とても洗浄とは呼べないレベルだが、エネルギー節約中だし、応急処置としては許容範囲だろう。


 ただ、水が思ったよりも冷たかったため、体温が低下した。


 このままでは免疫機能に影響が出ると考え、水温の調整の方法をウィルに聞きに行ったところ、急に怒り出したのだ。





 「いいですかアメノさん! 裸で人前にでてはいけません!」


 それはわかる。衣服の保温機能や動作サポート機能は生活上必須と言っていい。


 だが、私は身体洗浄中だったのだ。服を着ながら身体洗浄したら衣服に悪影響があるし、汚れが取れにくい。洗浄中には服を脱いだ方が合理的ではないのか。


 私は誤解を解くべく、事情を説明しようとした。



 しかし、ウィルは全く聞く耳を持たない。

 

 「とにかく、人目に裸を! 特に異性の前にさらしては絶対にダメ!」


 理不尽すぎる。


 はっ? これは何か宗教文化的な理由なのではないか? 

 それならばこの必死さも理解できる。


 恐る恐る聞いてみた。


 「はいそーです! 神様もダメって言うからね?! こういうのはジョーシキだから!」



 そうだったのか?!

 それは大変なことをしてしまった。


 とにかく、今ウィルに嫌われてしまっては、せっかく焼いている肉がじゃなくて鉱石回収に影響がでてしまう。

 経緯はどうあれ、不快なことをしたなら謝らねば。



 えっと、確か謝るときは頭を下げるのか。


 「ウィル殿。大変申し訳ないことをした。言い訳もない。どうか許してほしい」

 「い、いや。そこまで言わなくても……気を付けてくれればいいんだよ」 

 こちらが頭を下げると、ウィルは急にたじろいで、トーンが一気に下がった。


 「わかった、気を付ける。ウィル殿に不快な思いをさせるつもりはなかったことだけわかってほしい」

 「……いや、不快というか嬉し……嬉しくないけど、不快というか綺麗だったし……もごもご」


 ウィルはさっきまでの態度を一変させて、なぜか急に慌てだした。

 何かを思い出したように目が泳ぎ、顔を紅潮させて、口ごもっている。



 しかし、なぜいきなりサポートAIみたいなことを言い出すのか。そもそも怒っていたのはウィルではないか。私の裸を見るのは嫌なのだろう?



 「いや、いや、その、嫌だから怒っていたわけでは……だって、恥ずかしいよね?!」


 

 うん、確かにこんな不用意に相手の宗教タブーに触れるなど、科学者として恥ずかしいミスと言えるだろう。


 「そうだな。とても恥ずかしい。許してほしい」

 「許してる、許してるから次からしないでね!!」


 よし、和解できた。ミスをすぐに取り戻すのが優秀な科学者だ。



 - - -



 そうこうしていると、ウィルが何かを思い出したようにカマドに振り向いた。


 「あ、いかん。そろそろできただろ。燻製肉を取り出すか」

 「ウィル殿! 食べるんだな!?」


 おお、ついに完成したのか! さっそく食料としてのえっと、品質! 品質を調査しなければ! 


 「食べるけど今じゃねえよ? これ移動中のお弁当だからね?!!」

 「では早く移動すべき」


 「………いいけどよ」


 ウィルは何かあきらめたような口調で、がさがさとカマドの蓋をしている植物をどかして、中の肉を回収しはじめた。




 というわけで、鉱石と肉を探すために、ウィルと燻製肉をつれて森に出発である。


 

 ◆ ◇ ◆



 森は上も下も緑色。

  

 生い茂った木の葉の間から、わずかに光の筋が伸びている。


 まるで人間を拒絶するかのような木々の陣地の中を、刈り取られた後も生々しい一つの道が通っていた。


 「来たときにツタやらなんやらを切り開きながら来たから、俺の国はこっちで合っているはずだ」

 「鉱石反応のあった方角とも一致している。問題ない」


 洗い立ての外套を羽織り、鎧を着こんだウィルが一歩一歩踏みしめながら歩く後ろを、アメノがとことことついてくる。


 森の中はぬかるみや腐った木などが落ちており、足元を確かめ歩く必要がある、特に鎧で重くなっている今はなおさらだ。


 なのに、アメノはウィルの歩いたあとをひょいひょい歩いており、ウィルが苦労して乗り越えた倒木なんかも軽々と飛び越えている。


 確かにこれだけ身が軽いなら、死者(ゾンビ)に出会っても逃げ切ることは可能だろう。

 「……アメノさんって結構身が軽いんだな」

 「そう、服は大事。ウィル殿にきちんと教えてもらった」


 ……なんか話が通じてない気がする。


 ウィルは改めてアメノの方を見た。たしかに身体にぴったり合って軽そうな服ではある。動きやすくはあるんだろう。

 そしてその服の中にはすらりとした引きしまった身体が躍動とともに息づき……



 「あーーー!? あーーー?!」

 「どうした?!」

 「どうもしない!


 ウィルは突然頭の中に浮かんだアメノの裸体を急いで追い払う。違う。あんな人前に裸ででるような無垢な少女の身体を見て楽しんだりしてはいない!


 だいたい、俺の好みはもっと出るところが出てる感じであって、あんな薄い……なだらかな……


 「いーーー!? うーーー?!」

 「大丈夫か?!」


 ウィルが突然頭を叩き出したので、アメノはびっくりした。


 「……何らかの儀式?」

 「違う! 何でもないです! ごめんなさい!!」

 「なぜ謝る??」


 先をずかずか進み始めたウィルを、アメノは不思議そうに見やっていた。


 

 - - -



 正確な時間はわからないが、かなり長い時間を歩いたころ。


 くーー。


 だんだん腹がすいてきた。森の中で木々に阻まれて太陽は第一陽も第二陽も見えやしないが、そろそろ天高く上がっているころだろう。


 ウィルはちょうどいい倒木を見つけると、お弁当を広げることにした。

 お弁当と言っても、燻製肉しかないが。



 「ウィル殿! 肉か肉だな肉を食べるんだな!」 

 アメノが大騒ぎしながら近寄ってきたので、切り分けた燻製肉を差し出した。


 「た、食べるぞ……」

 「どうぞ」


 アメノは何かとても大きな衝撃に備えるように呼吸を整えると、燻製肉を一かけら口に入れ、噛み締めた。


 「……」

 咀嚼が止まる。


 「………」

 首をかしげながら再度口をもぐもぐしはじめ。


 「ごくん……………むー」

 すっごい睨んできた。


 「え、えっと……美味しくなかった……?」


 「これは、クンセイ……だったか。肉ではなかったのか……」

 「肉だよ?!」

 

 「ウィル殿、これはおかしい、クンセイは塩分はいいとして、乾燥しすぎているし、炭化も進んでいる。なぜ串焼きにしなかった」

 「いや燻製しないとすぐ痛むというか燻製って乾燥させるものだし…… って、焦げてたか。ごめん。急いで作ったし、なんか途中で色々あったから火加減少し間違ったのはたしかに悪い」


 原因は目の前の少女が服を着なかったせいだが。



 「いや、アメノさん。きちんと仕込んだ燻製は凄く美味いんだぞ?」

 「ぴくっ」

 アメノが動きを止める。


 「こう内部は瑞々しさはそのままに、肉の味だけがこう濃縮されていて、一噛み一噛み燻製の香ばしさと肉のうまみが口内に広がるような……」

 「なぜそれを作らない!」

 「時間も道具もねえよ?!」


 アメノが物凄い勢いで抗議してきたが、さすがに今の状況でそれは無理だ。


 部隊にベーコンを納めていたオジサンは秘伝の漬け汁に肉を漬け込んだり、燻す木材も厳選したりしていると自慢していたが、ウィルにそこまでのノウハウはなかった。……あのオッサンも多分死んだんだろうな。


 「……失敗作で悪かった、俺が食うよ」

 「ダメ!」


 アメノは燻製肉を抱え込んで一切れ一切れ口に押し込んでいる。なんだかんだ言って、食べれなくはないようだ。


 ま、いいか。



 ◆ ◇ ◆



 アメノはまたウィルについて何度か休憩を挟みつつ歩き続けた。

 森は延々と続くかと思われたが、だんだんと木々がまばらになり、森の中が明るくなり始める。


 ウィルがそろそろだな。と言って、休憩を提案した。

 

 倒木に腰かけると、武具と思しき鉄製の長くて平たい棒や、糸を木の棒に張ったなんらかの装置を眺めている。装備の点検だろうか。


 

 休憩と言われても、アメノは衣服に用いられている共鳴繊維(シンセサイズファイバー)の助けもあって、ほとんど疲労はない。この衣服は筋肉を動かそうという体内信号に共鳴して収縮や硬化を繰り返し、着用者の動きをサポートするのだ。

 

 全身を灰色の鉄の塊に包んだウィルはさすがに休憩が必要なようだが、アメノは休憩中ヒマになったので回りを見て回ることにした。


 装備の点検に忙しいウィルの邪魔をしないように、そっとその場を離れる。


 しかしいろんな植物をよくこんな雑多に植えたものだ。通り道もないぐらいに繁茂しており、非常に移動効率が悪い。この自然公園の整備AIとドローンは何をしているのだ。


 「しまった、ここは原始惑星だった。常識を切り替えなければ」


 気を取り直してアメノは改めて回りを見て回る。植物自体はそこまで独特な進化をしていないようだが、きちんとした調査はやはり必要だろう。遺伝情報などを調べるため、あちこちの植物の葉っぱをちぎっては多目的保管ボックスに入れていく……


 「あー、うー」


 おや。人間の子供だ。


 ウィルの言っていた生き残りだろうか。

   

 「はじめまして、私は私は銀河知性統合政府、盾ケンタウルス腕第563辺境調査団第13調査班所属、科学者タイプ、アメノ-リシィア-22、アメノと呼んでください。あなたの名前は?」

 「え……えう。あー」


 ……通じない? さらにもう一つ未知の言語を発見できた。素晴らしい!アメノはワクワクして携帯端末で子供の言葉を採取し始めた。


 

 うん、確かにこれはウィルとは別種族かもしれない。肌は全体的に土気色で、あちこちに赤や茶色の液体でカラフルな模様をつけた服をきており、手足はだらんとして俯きながら、あー、とか、うー、と声を発している。


 「とても興味深い、これぞ独自に進化した文化」


 アメノはさらなる調査のため、子供に近づいて行った。

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