第5話 スローライフに肉を燻製にしてお湯も

 ウィルは自分が騎士になった日のことを思い出していた。


 聖堂に大勢の人が並び、ウィルを囲んでいる。


 「従士ウィルファスに剣を授ける。地水火風のご加護のあらんことを。これより彼は騎士となり、祈るもの、働くもの、病人、貧者、孤児などの困難にあるもの、すべての人々の守護者となり保護者とならん」


 跪くウィルに剣を授けるはローダイト国王その人。そして先輩騎士たちが見守る中、ウィルは騎士となった。


 中つ国人間諸侯国の中でも辺境に位置するローダイト王国は小さな国であり、騎士や兵の数も少なく、周囲の大国に振り回されるのが常ではあった。


 上は国王、下は庶民に至るまで決して豊かではなかったが、皆は暢気にその日その日を暮らしており、全体的にのんびりとした空気が流れている国であった。


 騎士となったウィルの仕事は主に国境の警備と魔獣退治。


 戦いは多く、生傷は絶えなかったが、頼れる先輩騎士や、口うるさい同期、経験豊富なベテラン兵士、また陽気で暢気な住民たちに囲まれて、それなりに楽しく暮らしていたのだ。



 『死者大厄災ゾンビカタストロフ』が起きるまでは。



 - - -



 「そりゃあ、弱者を守れだなんて建前だったし、守ってないやつらも多かったけどよ。

 

 それでも俺は誓いを立てたんだ、だから悪いが……鉱石やらなんやらは後回しに」


 ウィルが過去の経験から、どうしても生き残りを探しに行きたいんだと説明すると、アメノは儀式の詳細の方に気を取られたようだった。


 「とても素晴らしい文化、興味深い」


 アメノは鉱石やら肉やらの話は忘れたかのように、興味深くウィルの話を聞いていた。

 なぜかずっと手に持った小さな箱を弄っている。

 

 「アメノさんはずっと研究生活だったんだっけ?」

 「その通り、教育を終えてからは、ずっと研究。研究こそ私の使命。そのためにもフネを直したい。協力を。」

 

 アメノは自分のことにはあまり興味がないようで説明も短い。フネの修理に拘っている。つまり学問漬けで世間知らずなんだな。

 そうすると今までの変な行動も随分と納得がいく。

 


 話を元に戻す。


 「俺は今すぐにでも生き残りを探しに行きたい。方角か? 来た方向だから多分あっちかな?」

 「そちらの方向は鉱石反応があった、ぜひ連れて行ってほしい」


 「いや、何かあったら守り切れないぞ?!」

 「問題はない。自衛は可能。危険からは逃げる」


 なぜかアメノがしつこく同行させろと言って聞かないため、二人で行くことになった。か弱い少女に見えるが、見てるとやけに身が軽いので、確かに逃げるぐらいはできるだろう。


 方針が決まった。森を通って生存者を探しに行き、途中で鉱石があれば回収して帰還する。


 「あと肉を焼くべき」

 「焼くけどさ」


 ずいぶんと串焼きが気に入ったらしい。まぁ、あんな食事をしていたら当然だろうが。



 ◆ ◇ ◆



 セラミックとメタルによって灰白色に統一された調査船の中。

 「個人防衛モジュールにエネルギーを充填、それ以外は生命維持システムも含めてスリープモードに移行」

 『かしこまりました、マスター』


 アメノはロッカーからごそごそとベルト型の個人防衛モジュールを取り出し、自分の細くなだらかな腰に巻きつけた。

 

 そして防衛モジュールにエネルギーを貯めるため、AIに指示して調査船のシステムをほとんど眠らせる。


 この惑星の大気組成は特に有害なものではなかったし、気温も少し暑いとは言え許容範囲だろう。留守にしている間に生命維持システムを稼働させる必要もない。身体洗浄システムもしばらくは不要だろう。


 『他にご命令は?マスター』


 「……サポートAIシステムもスリープへ」

 『うぐっ……わかりましたぁ……』


 AIはわざわざ画像になって、大きなリボンを軽く揺らすと、名残惜し気に深々とお辞儀をして消えていった。


 最近、何かとサポートAIのエフェクトが過剰な気がする。あとでコンフィグでも弄るか。




 ◆ ◇ ◆ 

 


 そのころ、ウィルはカマドを改造して、簡易の燻製器を作っていた。昨日狩った肉がまだ残っており、腐らないように手早く煙でいぶして保存食にする。


 石を積み上げたカマド部分はそのままに土を掘り下げて煙の通り道を作る。そして一段下がったところに焚火を置いて煙を充填するのだ。


 そして、肉を切って岩塩をまぶし、鉄串に刺してカマドの中に設置する。


 「煙をふさぐのに板が欲しいが……ないな」


 無いものはしょうがないので、草を刈って軽く編んで蓋を作った。


 「~炎赤き友垣よ、来たれ燃やせ食べ増えよ~」


 着火魔法で火をおこし、もくもくと煙を起こす。


 焚き付けにちょうどいい枯れ木が少なくなってきたため、ちょっと湿った枝も燃やしている。なかなか火が安定しないのを枯れ葉を足したり色々やって、やっと火が強くなってきたな……と思ったら今度は草の蓋がしおれ始めた。


 「やべ、煙が漏れる」


 もう適当に葉っぱを大量にぶちまけてとにかく穴をふさぐ。


 これであとはしばらく放置……



 「ウィル殿! 肉を焼いているのか!」

 「うわぁ!?」


 突然、何の気配もさせずにアメノが隣に立っていた。目に見えてワクワクしながらカマドを見つめている。


 「焼いているっていうか、燻製だな」

 「クンセイとは?」


 「……煙で生肉をいぶして、日持ちするようにするんだ」

 「素晴らしい、良い技術が発展。原始的ながらもちゃんと殺菌している」


 褒めてるんだろうか??



 ウィルが眺めていると、アメノは不思議そうにカマドの周りを回って、のぞき込んだり首を傾げたりしている。


 「おい、蓋を取るな! 煙が逃げる」

 「……なるほど」


 いたずらを止めると、今度は火の前に座り込んでじっと待ち始めた。


 「いや、そんな早くできないからな? しばらくは待ちだぜ?」

 

 そういうと少しガッカリしたようだが、再び火を見つめている。



 「そんなに火に近づくと……」


 「暑い」

 

 あたりまえだ。



 「汗をかいた」


 そうだろうよ。



 「フネで身体洗浄が今はできない。体の洗浄の方法を教えてほしい」

 「いや、そんなの服を脱いで池の水をかぶるだけだろう? ……っていうかここで脱ぐな?!」


 「なぜ???」


 「そういうのは岩陰に隠れてするの! っていうか水浴びも知らないって今までどうしてたんだよ?」


 「ベッドに横になればあとはやってくれる」

 「召使にやらせてたのかよ?!」


 あんな魔道船を持っているだけあって、やっぱりものすごい金持ちの家なんだな。そうやって何でも召使任せで研究だけしてたら、まぁこうなるのか。


 「だからここで脱ぐな! 向こうの岩陰でどうぞ!? 服を脱いだら湖に入って、水をかぶって、体をタオルでこすればいいよ? はい、タオル!!!」


 またもや目の前で脱ぎだしたアメノを何とか押し止めると湖に向けて送り出す。


 はぁ、まるで幼児の世話をしてるみたいだな……

 

 ふと見ると火が随分と弱まっている、まずい。急いであちこちを駆け回り、焚き付けを足して火を強める。


 ふーふーと焚火を吹いて、なんとか火の勢いが戻った。


 「よし、これで……」


 「ウィル殿。寒い。お湯はどうやったら出るのだ?」


 え。と振り向いたら、そこには体中を水でぼどぼどにしたアメノが生まれたままの姿で、靴だけをはいて立っていた。




 色素の薄いアメノの肌は透き通るように白く、水にぬれて艶やかに光っている。


 そしてその青みがかった髪はぺたりと細い首筋に絡みついていた。


 草を踏みしめている脚はすらりと腰に切れ上がり、薄い茂みの上に引き締まったお腹の中心が一つ。


 そしてなだらかな体のラインにそって、控えめな膨らみが二つ、その頂点の桃色が……



 「はだかあああああああああああああ?!」

 ウィルは叫んだ。

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