第4話 懐柔して協力をもとめよう焼肉だ
銀河知性統合政府は未開文明の保護に積極的であり、直接の接触を極力避けている。
これは偽善などではなく、社会文化の独自進化の観察が研究データベースの強化につながるからだ。
直接に接触してしまうと両者の圧倒的な科学社会技術差により、相手文化はひとたまりもなく破壊され、何のデータも得られなくなる。
よって、超光速航行技術を自力開発していない未開文明については最低限の受動的モニタリングしか認められていない。
せいぜいが惑星上空に調査機を飛ばしたり、畑の作物を円状に倒したり、たまに家畜の内臓を抜くぐらいである。これらはすべて現地との接触を最低限にしつつ、最大限の研究データを回収するための手段なのだ。
しかし、統合民主主義の概念より、個々の市民は主権者であり、かつ全体最適のために自律的に活動する単位である。
正当な理由があり、統合政府に十分な貢献ができることが見込まれるのであれば、
「統合政府市民自律活動コード322号により緊急回避的な現地人との接触交流は許可される」
アメノはつぶやいた。
よって! 調査中に遭遇した謎の特異点の調査データに加え、完全に未発見であったこの星の文化データを持ち帰るためには、あの現地人のオスとの接触および、ウサギ肉の串焼きを食べることは全体最適になるはずである!!
◆ ◇ ◆
肉を食べた後のアメノががどう見ても変である。なんかブツブツ言っていたかと思うと頭を振ったり、右を見たり左を見たり。
そしてなんか急に決心したかのように急に立ち上がって、話しかけてきた。
「ウィル殿、ところでその服の装飾。大変すばらしい。原始的だが独自の進化を感じる。どのような文化的背景があるのかぜひ教えてほしい」
「これか? 装飾って?」
ウィルはアメノが指さしているところを見た。羽織っている外套は泥と返り血にまみれて……
「ちげえよ?! これ、ただの汚れ!」
「そうなのか?!」
アメノが目に見えて愕然としている。なんでそんなに驚くんだよ?こっちが驚きたいよ?!
「汚れということは不要なのか? 洗ったほうがいいのでは?」
「そんな余裕なかったからね?
「……なるほど、ではひょっとして、ウィル殿の髪についている土や木の枝も装飾ではないのか?」
「汚れてるだけえええええ?!」
アメノは謎の不思議な子かと思ってたら、ただ単にからかわれているのかもしれない。ただ、話をする感じに全く嘘はない。本心でそう思ってるようだ。
「で、あればやはり洗浄するのがいい。あと、休息も必要だろう。……日が暮れつつあるが、やはり夜は寝るのか?」
「そうだよ!」
するとアメノはニコリと笑って。
「ではぜひ、フネに来てほしい。洗浄もできるし、ベッドもある」
ベッド。甘美な響きだ、こんなところで野宿することを考えれば天国と地獄。
「では、申し訳ないがお世話になってもいいか?」
「もちろん、ちょっと何か頼むかもしれないが」
ああ、やっぱりこの子はちょっと不思議なだけで、本当はいい子なんだな。食料らしきものもくれたし。ウィルは少し安心した。唯一かもしれない生き残りが、嘘をついて人をからかうやつではやりきれない。
そして、ウィルは船に案内された。
◆ ◇ ◆
結論から言うとウィルの懐柔は失敗であった。
ウィルを船に連れ込んだところまでは成功であった、彼は珍し気に船内を見渡し、いろいろと質問をしてきたので、適当に答えて置いたら、「アメノさんは偉大な錬金魔導士なのだな、尊敬するよ」などと言って非常に関心してくれた。
誤解しているようだが、好意が得られるならなんでも問題はない。問題はなかったのだが……
船のベッドに案内したら、ウィルは顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
おかしい、「一つしかない」とはいえ、このベッドは無重力でも重力下でも、身体をゆったりと包み込むような寝心地で、疲労回復効果も非常に高い。
もちろん睡眠中に寝返りを打って良いように十分に広いし、ウィルの体長でも小さいということはないはずだ。
ううむ……
「私は寝なくてもいいし、詰めれば二人でも寝られるがそうするか?」と言ったのが悪かったのだろうか。
やはりベッドが狭いのは嫌だったのだろう。私もどちらかと言えば嫌だ。
とはいえ、一人用の調査船だし、足りないスペースに設備がぎっしり詰め込まれてるため、床や通路も狭く他に寝る場所はないのだからそれぐらい我慢してほしかったのだが……
やはり、異文化交流はなかなかに難しい。なんとか焼肉、じゃない鉱石を確保しなければ。
― ― ―
『あんな野蛮なオスと一緒に寝ようと提案するなんて何をお考えなんですか! 万が一マスターが「食べられた」ら……』
「大丈夫、食べないと約束してくれた」
『絶対に信用しちゃいけない感じの約束ですよそれ!!!』
私はなぜかサポートAIに怒られていた。
ウィルがどうしても野宿すると言って聞かないので、毛布の予備を貸し出すことにして、私は唇のやけどの治療をしていた。と、言ってもちょっと赤くなったぐらいで別に大したことはない。エプロンドレスに身を包んだサポートAIが映像モードでちょんちょんと薬を塗ってくれているのだが、実際の治療は医療モジュールから伸びた機械の手……マニピュレータが処理している。
『大したことあります!マスターのバラのように可憐な唇が傷物になったら……全宇宙の損失です!』
どうにもこのAIはたまに敬意表現が過剰なことがある。特に私に関して。
科学調査は冷静に正確だから良いのだが、仕事をさせないと私の外見について何かと不要な称賛をしてくるのはちょっとめんどくさい。まぁ、美辞麗句を聞くのは精神回復効果もあるから多分そういうAIの設定なのだろう。
『マスター、久しぶりに固形物を食べたため、肉の破片が口腔内に残っていますね。洗浄します』
え、まって?つまり口の中を舐めればまだ味するかも?
ここかな?
『何で抵抗されるんですか!? 洗浄用マニピュレーターいれますから口開けてください!!』
「んーーー?!」
私は抵抗むなしく口の中にマニピュレーターを押し込まれ、隅々まで清掃されてしまった。
◆ ◇ ◆
日が暮れ、夜が明けた。
小鳥が上る第一陽を称えて軽やかに舞い歌う。
ほどなく第二陽も上るだろう。
顔を優しくなでる朝の陽ざしにウィルは目を覚ました。
手に何か湿ったものが触れた、夜露で毛布がしっとりとしている。
……毛布の持ち主を思い出して、ウィルはまた恥ずかしくなってしまった。
いや、たしかに結婚もしてないのに、なんか未成熟っぽいとは言え、女性と同じベッドで寝るなど騎士としてありえない、ありえないが、アメノはおそらく純粋な好意で言ってくれたのに、あんなに取り乱す必要はなかっただろう。
ウィルが無理やり出て行ったとき、アメノは目に見えて気落ちしてしまった。さすがにやり過ぎたかもしれない。
次に会ったら無礼だけは謝っておき、ただ男女が同衾してはいけないということをきちんと説明しようと思う。
どうも彼女は学問ばかりしていて成人したらしく、難しいことは知っているが基本的な情報は持ち合わせて無さそうなのだ。
ふと、髪の毛に手を触れる。森を何度も移動したせいか、確かに小枝やら葉っぱやら、色々とゴミが付いているようだ。
騎士の誇りを示す武具や外套なども随分と汚れ切っている。
「こんな格好でレディの前にでるのも騎士失格だよなぁ……」
アメノはまだ起きてきていないようだ。
よし、水浴びでもして洗濯するか。
ちょうどいい岩陰を探して、髪や顔、そして汚れた服を洗う。
朝の清らかな空気に冷たい水が気持ちいい。
湖ではあるが、水は綺麗で透き通っている。
軽い流れも感じる、どうも川につながっているようだ。
そして特に汚れている外套をつかんで揉み洗いをする。
泥はともかく血糊がしつこい。
ゴシゴシと強く揉むと外套に染め抜いた紋章が見えた。
改めて紋章をまじまじと眺める。
ウィルが仕えていたローダイト王国の紋章と……騎士であることを示す剣と盾のマーク。
これを洗う必要もないかと思ってたのはつい昨日の話だ。
しかし、俺でも生き残れたし、なんか不思議な少女も生き残っている。
ひょっとすると同じように森に逃げ込んだ人も居るかもしれない。
俺は、剣をもって仕えた国を守ることができなかった。
今からでも何かできることはないのだろうか……
物思いに耽りながら、外套を乾かそうと岩にかけていると、その岩の隣に少女が立っていた。
「えっ?」
まさかノゾキ?! いや、緊急事態か?
動揺しながら声をかける。
「ど、どうした?」
「問題ない、続けて」
「問題あるだろ?!」
「何かあったのか? 襲撃か?!」
「いや、貴方を観察しているだけ」
………沈黙が湖を支配する。
「それはノゾキって言うんだ向こうに行けええええ?!」
◆ ◇ ◆
「解せぬ」
怒られたアメノはとぼとぼと調査船のところまで戻ってきた。
またもやウィルをずいぶんと怒らせてしまった。直接的な調査は好みではないようだ。
それでは探査プローブでこっそり観察することにしよう。
ウィルの肌は色素が薄くあちこちに古い傷跡のようなものがあったが、バランスよく筋肉がついており、非常に健康そうであった。
やはり焼肉……じゃなくて鉱石運びに向いているようだ。
また、これは予測していた通りだが、もう一つのデータも手に入った。
「身体的特徴はパンスペルミア人間種と一致。次は遺伝子調査だな」
パンスペルミア人間種とはアメノが属する種であり、銀河知性統合政府の中核をなす知的生命体である。
宇宙時代になってから、複数の星間文明と出会った人間種は、同じ遺伝子構造を持つ同種が銀河に広く分布していることを発見した。以来、研究が続けられたが、すべての証拠は数十億年前に共通の遺伝子先祖が何らかの存在により同時に全宇宙にばらまかれたことを示している。これをパンスペルミア人間種と呼ぶ。
「つまり、同種の知的生命体ということ、相互理解は格段に容易になったはず」
引き続き懐柔方法を考えなくては。前回うまく行ったのは食事か?
やがて、ウィルが戻ってきたので、怒らせてしまって申し訳ないと謝っておく。
なお、調査をしたことは悪いはずがない。しかし現地人との交流友好関係は維持しなければ。
「いや、こっちもきつく言ってすまなかった。ただし、男性の水浴びを覗かないのと、男性に一緒のベッドや部屋で寝ようと言わないようにしてくれ」
「よくわかった、そういうことをしないようにする」
「わかってくれればいいや」
ウィルがにっこりと笑った。よし、良い感じだ。あとは物を提供して買収しよう。
「お詫びに食事を用意した。今度は固形食にしてある」
銀色のトレイに載せたキューブ食を差し出すと、ウィルの表情が一気に凍った。
「あ、ありがとうよ……」
だが、お礼を言って受け取ってくれたので買収は成功だろう。
二人で適当な岩に座って、トレイにのせた七色に光る食料キューブをかじり始める。
……一口、一口食べ進むにつれて、お互い言葉数が少なく、どんよりした雰囲気になってしまった。
なぜだ。完全栄養食だぞ。
キューブ自体はいつも通りだし、肉のことを考えて固形食がいいかと思ったんだが、私も精神状態がおかしい、なぜか気分が落ち込んでいる。
「精神安定剤」を飲むべきだろうか……?
この謎の精神ダメージに対する対処法を考えあぐねていると、もさもさとキューブに噛り付いていたウィルが顔を上げて話しかけてきた。
「え、えっとさ。アメノさんはこれからどうするつもりなんだ? 俺はちょっと森の外をもう一度確認して、様子を見るのと生き残りでも探そうと思うんだが……」
ごくっ?! 何? ウィルがいなくなるのか? それは困る!!!
しまった、固形物をよく噛まずに飲みこ………
「ゲホゲホ!?」
「落ち着け」
ウィルにコップを貰って水を飲み干す。ありがとう。
「ウィル殿に頼みがある!! 焼肉……じゃなくて鉱石が必要だから鉱石を焼いて肉が欲しい!」
「さらに落ち着け!」
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