第3話 こんな原始的でバランスの悪い物体が食べ物か

 クロスボウを構えた若い騎士の男、ウィルは木々の間を進む。

 森は相変わらず薄暗く鬱蒼としており、ひんやりとした風が少し長めに切りそろえた栗色の髪をなでつける。


 狩猟のため、ガチャガチャと音がうるさい鉄製の防具はほとんど外しており、すらっとした長身を厚手の布子鎧キルテッドアーマーに包み、手足の小手脛当てだけの軽装である。


 「この辺りでいいか」


 ウィルは森の奥に踏み込むと、精神を集中させ、唱える。


 「~風白き幸いよ、我に目為せ耳為せ報せ告げよ~」


 ふっと頭の周りにつむじ風が巻き起こった。


 索敵範囲を広げる初級の風魔法であり、命中率を上げる効果もあるため狩猟によく利用される。


 大陸中央の中つ国、つまり人間諸侯国では貴族は力の差はあるものの全員魔導士であり、騎士であるウィルもその例に漏れない。


 ただ、あまり魔法に向いていないウィルに使えるのは戦闘に直接役に立つ身体感覚強化系や雑用系などの初級魔法のみであった。


 感覚を研ぎ澄ませ、獲物ををじっと待つことしばし……


 ガサガサと茂みをかき分け、犬ほどの大きさの薄灰色の何かが現れた。

 鋭いキバと長い耳に紅い目。


 (キバウサギか、魔獣が出るのか)



 やはりこの森は危険だ。あまり長居すべきではない。ただ、アレは……


 (手ごろだな)


 ウィルはクロスボウを構えた。


 ◆ ◇ ◆

 


 そのころ、銀河知性統合政府の科学者、アメノは墜落した調査船の被害状況の調査をしていた。

            

 つややかに落ち着いた青い光沢を持つ共鳴繊維シンセサイズファイバーの活動服が彼女の小柄でなだらかな身体にぴったりフィットして船外活動をサポートする。


 肩までかかるかかからないかの長さの青みがかった髪を揺らしながらアメノは探査プローブを船体にくまなく配置していった。



 順調な調査活動に比べ、調査結果は非常に悪い。アメノは表情を曇らせた。


 「メインエンジンの出力が激しく低下……最低限の生命維持装置を動かすのがやっと」


 こういった場合に指示と助言をくれる中央とのデータリンクも切れたままで、超光速通信の発信能力か受信能力……その両方で十分な出力を出すことができないでいる。


 これでは、あの原始文明のオス……ウィルと言った……が私を食べようとしても、迎撃のための防衛システムを動かすことも難しいのでは……? 

 アメノは震えた。


 いや、大丈夫だ。彼はもう私は食べないと言った。それどころか自分で食料を調達すると言ったじゃないか……しかしどこまで信用していいか。


 AIからウィルが自分を「食べよう」としていると聞いて、アメノはいまいちウィルを信用できないでいた。




 アメノの受信機に着信があった。調査船のAIからだ。


 『マスター、ご報告が』

 「どうぞ」


 フォン……という受信機の作動音とともに、エプロンドレスに身を包み、大きな赤いリボンを付けた長い髪の大人の女性の映像が恭しくお辞儀をしながらアメノの前に現れた。


 この服装の発祥ははるか1000年前、代々のAIエンジニアが少しずつ改良しながら、サポートAIプログラミングの作法として受け継がれてきたものである。


 アメノはAIエンジニアリングは専門ではないのでよく知らないがこれはただの視覚効果ではなく、主人たる知的生命体に対する様々なサポート効果を生む……らしい。



 そう、非常事態にある銀河知性統合政府において、タダの趣味は許されない。許されないのだから実際に意味があるのだろう。




 『周辺の簡易スキャン完了しました。活用できる鉱物資源が少量ですが地表にもあるようです』


 「収集すれば、メインエンジンの修理も可能?」


 『量が不安ですので、探索範囲を広げる必要がありますね』



 アメノは考え込んだ、たしかに当調査船には故障時の自力修復が可能なように、鉱石などから元素を抽出できる汎用精製機と、三次元原子加工機レプリケーターがある。鉱石を拾ってきてメタルを抽出すれば設備の修理もできるだろう。必要な工具も作れる。


 希望が見えてきた。

 

 もともと調査船はコスト削減のために最低限の設備しか搭載していないが、どうしても修復できない場合は研究設備の解体も視野にいれるところだったのである。

 そしてそれは科学者としての死を意味する。アメノにとって極めて不愉快だし選択したくないのだ。



 「では早速……」

 鉱石採取に行こうとして、アメノが足を止める。


 ……はて、鉱石とは何グラムぐらい必要だっただろうか。


 問うアメノにAIが回答する。

 『数トンは集めてほしいのですが』


 

 アメノは自分の手、足、身体を見た。 


 アメノの身体つきは宇宙空間での調査活動に最適化している。つまりエネルギー消費を抑えるために身長も低くあのウィルとかいうオスの胸に届くかどうかだ、肉付きも控えめで無駄な筋肉もついていない。共鳴繊維シンセサイズファイバーの手助けがあっても重い鉱石などいくつ運べるだろうか?


 

 「Please AI, 船外作業パワードスーツを用意して」

 『すでに』



 そして、アメノはパワードスーツを装着しようとして……

 「ぐえ」

 潰された。


 そう、これは本来、無重力下での作業用であり、重力下のアメノにとっては死ぬほど重かったのである。

 

 アメノはなんとかもぞもぞとパワードスーツの下から這い出してきた。なお、彼女に怪我はない。共鳴繊維シンセサイズファイバーは非常に防御に優れているのだ。


 「……重力下活動用のものは?」

 『作業用ドローンがありますが、稼働させるエネルギーが不足しています』


 

 「……どうしよう」

 

 アメノは落ち込んだ。



 ◆ ◇ ◆

 

 

 ウィルが狩から戻ったころには日がもう傾き始めていた。

 日が暮れると何かと不便だ、急ぎ大き目の石を集めて積み上げごく簡単なカマドを作り始めた。

 

 ウィルも貴族のはしくれの騎士である。普段料理したりカマドづくりなどする身分ではないが、遠征時に困らないように最低限の調理やキャンプ術は部下のベテラン兵士に学んでいた。


 上級貴族様はその最低限すら嫌がってたが、あれではこういう時に逃げたとしても野垂れ死にだろうな……


 ウィルは遠征訓練でもわがまま放題だったお貴族様たちを思い出して苦笑した。




 カマドがおおよそ形になると、枯れ木を拾い集めて焚火の用意だ。

 

 「~炎赤き友垣よ、来たれ燃やせ食べ増えよ~」


 軽く集中して初歩の着火魔法を詠唱。

 小さな種火をつくり、枯れ葉を食わせて、焚火に育てる。



 「たしか道具袋に岩塩と、コショウ……あと鉄串があったな」


 そしてキバウサギの肉をナイフでさばき、道具袋から出した塩とコショウで味付け、鉄串にさして炙り焼きにする。


 肉の表面にじわじわと焼き色がつき、油がにじみ出て焚火に落ちてパチパチと爆ぜた。


 辺りにふんわりと香ばしい匂いが立ち込め始める。



 ふと見ると、アメノが近くに来て暗い表情で佇んでいた。


 

 なんか色々と不思議な少女ではあるが、さすがにあんな食事を続けてきて、しかも世界が滅びようとする瀬戸際だ、やっぱり辛いんだろうな……


 よし、美味しそうに焼いて元気を出してもらおう!


 「ああ、いい肉が手に入ったから楽しみにしていてくれ。あの……なんだ、スープ? のお礼だ」

 「……あ、ああ。ありがとう」


 アメノはやっとこちらに気が付いたようで、こちらの手元をじろじろと見つめ始めた。

 これは食事……殺菌状態が……? などと呟きながら、なんか小さな箱を持ってウロウロしている。



 大きな肉汁が落ち、またパチッ! と火が爆ぜた。


 「ひゃっ?!」

 なんかに夢中だったアメノが突然の音にびっくりしている。

 

 「おっとっと」

 肉をひっくり返さないと。アメノの行動が気になったものの、とりあえず肉を上手く焼くのが今の仕事だ。集中するぞ!

 


 竈を作って火を起こして、豪快に肉を焼きながらウィルは気分が盛り上がってくるのを感じてた。これぞ軍隊の料理だ!



 ◆ ◇ ◆


 (これはひどい)


 アメノはウィルが差し出した物体の成分を解析して愕然とした。



 『マスター。こんなものは食事とは呼べません。タンパク質と脂質に成分が偏りすぎです。ビタミンも必須アミノ酸もいくつか不足しています。また食物繊維がないので消化器系に悪影響が出ると思うのですが……あと、なんといっても塩分が多すぎます!!』


 耳元の通信機にAIがガンガン報告を入れてくる。


 さらになんか軽く焦げ臭い匂いがするのだが、本当に食べ物なんだろうか。



 なのに、目の前で串に刺した物体を差し出してくるウィルは、なんかすごく自慢げでとても楽しそうなのである。


 「いやぁ、これは良く焼けた……もぐ……うん、美味い。いやぁ、手ごろな獲物が居てよかった」

   

 これはつまり、彼にとってこれはとても良い料理なのだろう。到底理解ができないが。

 


 ただ、食料を差し出すということは私を食べるのは諦めたと考えていいはず。

  

  よし、笑顔でもらっておこう。拒絶しては現地人との友好関係に問題が発生するかもしれないし、調査船の防衛システムが弱体化している今は食うか食われるかの武力闘争に持ち込むのは得策ではない。



  「あ、ありがとう……」


  ちょっと引きつりながら串を受け取る。えっと……ウィルがやっているように齧り付けばいいんだろうか?

  

 あむ。


 「あひゅい?!」

 唇に熱が伝わり、軽くひりつくような痛みが襲ってきた。


 『マ、マスターの口にダメージがあああああ?! すぐに捨てて! 船にお戻りください! 治療しますぅうう!!!』


 緊急モードに入ったのか、AIが騒ぎ始めた。


 本来、AIは慌てる必要は無い。だが、知的生命体のマスターに非常事態だとわかりやすく伝えるために慌てモードが搭載されているのだ。




  「熱かったか?ほら、フーフーしなよ」


  何の儀式だ。見るとウィルが自分の串に刺した物体に息を吹きかけている。


  ……口からの送風で温度を下げている!!? なんて原始的な?!! 最初から適温に調理すればいいだけではないのか?!



  あまりもの技術レベルの差に愕然としながらも、ウィルの指示に従うことにする。



  耳元の通信機からまたもや悲痛な叫びが聞こえる。


  『そんなもの投げ捨ててくださいいいいい!!!!』


  「Please AI, 非常モード解除」


  『かしこまりました、マスター』

  


  よし、静かになった。今は大事な現地人との交流中なのだ、多少の損害を受けるのは覚悟の上。

  

  唇が少しヒリヒリするが、ウィルの真似をして息を吹きかけ……少し躊躇してから、一気に齧り付いた。



 


 口の中にじゅわっと溶けた油と塩分と肉のエキスが広がる。なんだこれは。しょっぱい……?

 それと同時に焦げ臭いばかりだった匂いが一気に口の中に広がり、鼻の奥をくすぐってくる。唾液が一気に分泌され、口の中が濡れてくる。

 

 


 噛む。肉の繊維が歯の上で崩れ、さらに肉の油が舌に広がり、とろりと味蕾を包み込んだ。


 噛む。ぴりっとした刺激成分が口内を軽く刺激する。


 噛む……



 なんだ、なんだこれは……。

 明らかに味はおかしい。塩はきつすぎるし、何か刺激物も入ってるし。こんなバランスの悪い食べ物は食べたことがない。


 なのに、

 なんで


 身体が小さく震えた。背筋を今まで感じたことのない感覚が走り抜けていく。


 「あ……はぁ……」


 思わず息を吐きだす、顔が紅潮しているのがわかる。


 体温が上がってきた。

 


 「どうだ? 美味しいだろ?」


 ウィルが顔をのぞき込んでくる。


 オイシイ?これが……オイシイか。



 「………美味しい」

 

 ウィルがとても嬉しそうに小さく拳を突き上げていた。

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