第2話 食べられる食べられない

 アメノが調査船の損傷状況を調べるために船外で活動していると、薄い金属片を身体につけ、奇妙な形の金属棒を持ったヒト型のオスが接近してきた。おそらくは原始的な武器防具の類だろう。


 ……金属片の上に羽織った布を泥と体液らしきもので装飾しているのだが、あまり美しいとも思えない。どういう文化なのだろうか。呪術的な効果があるのかもしれない、大変興味深い。


 とりあえず、調査船の修復を妨害されるわけにはいかない、できるだけ友好的に追い返すことにしよう。




 アメノは調査船の防衛システムを起動し、危害を加えてきた場合は、即座にこのヒト型のオスを焼却できるように設定すると、翻訳機をもってヒト型のオスに接近することにした。



◆ ◇ ◆



 ウィルは久しぶりに生きた人間を見た喜びに満ちて、嬉しそうに少女に話しかけた。


 「おお、他にも生き残りがいたのか?! 無事か?!」

 「あ」


 「珍しい服装だが、どこの国の者だ? 他には生き残りは?……」

 「い」


 ……なんだコイツ?


 ウィルが訝しむと、その少女はなぜかとても嬉しそうに、手に小さな箱を持ちながら、手振りでなんか促してくる。もっと喋れとでも言うのだろうか??

 

 「えっと、話しかければいいのか? ところで、レディ……でいいんだよな?」


 髪が少し長めだし、顔も柔和で女性だとは思うのだが、背も小さいし体つきに女性らしいところも少ないのでよくわからない。


 いやいや、女性の身体をじろじろ見るなんて失礼だろう。しかもこんな身体にぴったりした光沢のある服装で……。随分と高価そうな生地だな、ひょっとすると高貴の生まれかもしれない。


 「う」


 ……相変わらず何を言っているのかわからん。まぁいい、騎士として高貴なレディの前ならば礼儀は欠かせないんだ。



 「……俺はローダイト王国の騎士、ウィルファス・ジ・ハルドフェルトだ。レディのお名前を伺っても?」

 「翻訳成功した」


 「え?」

 「お、通じた……失礼。私は銀河知性統合政府、盾ケンタウルス腕第563辺境調査団第13調査班所属、科学者タイプ、アメノ-リシィア-22」

 「……名前が長いな」


 ウィルは鼻白んだ。聞いたこともない言葉ばかりで、どこからどこまでが名前か瞬時に判断がつかなかったのだ。



 少女は口元に指をあててウィルの発言の意味を少し考えると、ニコリと笑って。

 「……そういう意味で言うと、ぜひ親しみを込めてアメノと呼んでほしい」

 「よろしく、アメノ……さん」


 ウィルは敵意のないことを示す儀式として、剣を布に包んで腋に挟むと、右手のひらを見せた。

 アメノもそれを見て同じように右手のひらを見せ、お互いにニコリと笑い合う。


 「よろしく、あー……ウィルファス・ジ・ハルドフェルト騎士爵……ご主人?」

 「いや、こっちも名前だけ……ウィルでいいよ」

 「わかった、ウィル殿」

 「いやぁ、しかし大変だったな。人間諸侯領……中つ国が全部壊滅したって話だぞ。アメノさんも逃げてきたんだろう? これからどうするかなんだが、アテはあるか?」


 アメノは不思議そうに首をかしげた。


 「なんのこと? 詳しく説明してほしい」


 「えっ、まさかあんな大騒ぎになってたのを知らないの? マジで?」



 ウィルは『死者大厄災ゾンビカタストロフ』についてかいつまんで説明した。しかしアメノはいまいち理解が追い付いていないようだ。


 「それは何らかの儀式かお祭りと理解すればいいか?」

 「ちげえよ!? 世界の危機だよ!?」

 「それは大変だ」

 「大変なんだよ!」

 「要約すると、ウィル殿は大変困っているのではないか」

 「おお、そのとおりだよ!」


 「実は私も困っている、いや死者ゾンビではない。このフネだ」


 そういうとアメノは調査船を指さした。


 「これが壊れてしまったので任務に戻ることができない。修復中に邪魔をしないでほしいのだが」


 ウィルが当たり前だと答えると、


 「それはありがたい、我々は協力できる」

 とアメノが笑顔を浮かべた。


 (よし、これで調査船の修復を邪魔されないな。笑顔は共通文化のようだから、とりあえず笑顔笑顔で友好姿勢を維持しよう)

 

 アメノは満足していたが、ウィルは内心どぎまぎしていた。なんせ騎士としての訓練に明け暮れ、女性にニコニコと笑顔で対応されるのに慣れていないのだ。ウィルはこの感情をうまく処理できないまま、アメノに話しかけた。


 「なぁ、何か手伝おうか?これがフネってことは魔道船の一種だろ?」


 「いや、結構……ん」




◆ ◇ ◆



 アメノの受信機に着信があった。調査船のAIからだ。

 

 『マスター、ご注意ください。そのオスの体温の上昇他を感知しました。このままですとマスターが……ええと、規制にかかりますので適切な単語がありませんね。古語辞典の引用ですが「食べられてしまう」かもしれません』


 アメノはびっくりして叫んだ。 

 「いや、それは困る?!」


 なんてことだ。このオスはおなかをすかせているのか?! そして私を食べようと?!

 


◆ ◇ ◆



 「困るって手伝えることがあればなんだが」

 「……食事を出す! ぜひ食べてくれ!」

 「えっ?」


 アメノはそういうと大急ぎで調査船に向かい、簡単な操作をして壁に空いた穴から銀色のトレイに盛られた液状のナニカを取り出した。


 灰色をベースに少しずつ七色に照り輝いており、ぷつぷつと表面が泡立っている。



 「どうぞ」

 「……あ、ありがとう。助かったぜ、食料をほとんど無くしちまったから……」



 アメノからトレイを渡されたウィルは戸惑いながら近くの岩に腰かけた。

 これは一体食べ物……なんだろうか??


 「えっと、独特な色だな」

 「食事には彩りが必要、とてもカラフル」


 そういう料理なのか……。ウィルは覚悟を決めて食べることにした。


 

 スプーンで掬って口に入れる。

 なんだろうこれは……申し訳程度の塩味と土の塊かとも思えるもっさりした食感が口の中に広がり、とても水が飲みたくなってきた。


 「水もどうぞ」

 「ありがとう?!」


 ひったくるように水を受け取って飲み干す。


 「え、えっと、いつもこれを食べているのか?」

 「もちろん。これは身体の欲求に合わせて必要な要素をすべて含んだ完全栄養食。免疫機能も向上する。もう10年食べている」


 見ると、アメノも同じものをパクパク食べている。


 ……食えるかぁ! とトレイを放り投げるのを何とか自制して、ウィルは食事を続けた。こんな世界が滅びようとしているときに、食料を分けてくれたのだ。さすがにそれは失礼すぎるだろう。



 地獄のような時間が過ぎ去り、ウィルは涙目になりながらなんとか胃の腑に収めることができた。アメノも同じぐらいに食べ終わったようで、ウィルからトレイを回収すると船の壁に空いた穴に放り込む。


 「もう食べないと思っていい?」

 「いや、俺はもう食べられない。ありがとう」


 ウィルが言うと、アメノはとても嬉しそうにそれは良かった。と呟いた。


 (毎日こんな食事じゃあさすがに身体が持たないよな……)


 食料を分けてくれたのはうれしいが、これはひどい。もう少しまともな食材を手に入れたいものだ。

 ウィルは森を眺めた。来るときにも何匹かシカやウサギを見かけたから、獲物は居るはずだ。


 「お礼に晩飯は俺が確保しようと思うが、どうだ?」

 「……こ、こちらを食べないな? それなら助かる」


 なぜかアメノが急にちょっとおどおどしながら答えたが、ウィルはあまり気にもせず、背負ったクロスボウを取り出し、狩の準備をし始めた。

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