中世騎士と宇宙世紀科学者 ~ファンタジーとSFの異文化ラブコメ! ゾンビ世界でグルメ開拓スローライフ!?~

神奈いです

第1章 ガールミーツボーイ(翻訳機能つき)

第1話 銀河トラック

 トラックは運ぶ。

 世界から世界へ魂を。


 多くの生命、英雄も凡愚も、次々とトラックに轢かれ、別の世界に運ばれていく。


 トラックは宇宙を適度にかき混ぜて三千世界を活性化させているのである。


 そして、世界が増えるたびにトラックは増え、宇宙はトラックで満ちていた。


 満ちたトラックは自らの重力に引かれ、集まり、トラック密度が一定に達すると重力崩壊を起こして凝縮する。これを銀河トラック性ブラックホールと呼ぶ。

 

 このブラックホールは外部からはほとんど観測不能だが、内部では宇宙トラック力が激しく渦巻いており、一定期間ごとに短いが激しい宇宙トラック波の放出を行う。そして新しい犠牲者を轢き殺すのである。

  

 知的生命体がブラックホールを観測できるのはその時しかない。





◆ ◇ ◆






 画面の端にアラームが出て、科学者アメノ-リシィア-22は小さな首を軽く傾げた。


 「エネルギー照射? あの宙域は解析済みのはず? Please AI, 詳細表示を」

 『わかりました』


 星の薄明かりに包まれて浮かぶ一隻の調査船の中で、アメノはAIの補助を受けて辺境宇宙の探査解析任務についている。


 こういうアラームはちょくちょく発生する。大抵は何でも無いことが多いのだが、今回はいくつかの数値が明らかな異常を示していた。未知の特異点の可能性が高い。


 これは大きな成果になるかもしれない。アメノは淡い期待とともに、細く小さな指を躍らせてAIの観測結果を確認した。



 「Please AI、現時点の情報をまとめて。中央データリンクに報告する」


 データを確認するアメノの表情が曇っていく。遠距離からの観測ではエネルギーや重力波の異常性だけが明らかになるだけで、埒があきそうにないのである。そうなると、特異点に極限接近しての調査しかないのだが……



 「………調査船と科学者の喪失確率45%~67%……」


 AIの報告書は重度の危険を指し示していた。未知の照射源からのエネルギー照射と重力異常が不規則に変化しており、安全距離を取って接近しようにも確実な安全距離が推定できそうにないのだ。


 だが、中央データリンクには報告しなければならない。

 まとまった報告書をチェックして送付する。


 返事はすぐに帰ってきた。

   

 『中央データリンク、物理研究セクターより、科学者アメノ-リシィア-22に回答。極限接近しての調査を許可する』

 「……了解」

 

 想像していた通りの「中央」の連絡にアメノは小さな眉を軽く寄せて考え込んだ。


 許可するということは、つまり「自己責任でやれ」ということである。中央データリンクは命令したりしない。各自が自発的に全体最適を考えて行動するのが知的生命体の到達した最良の政治体制……統合民主主義だ。


 そして中央データリンクはこのような場合、調査を優先させる。特異点から得られる科学情報はたいへん貴重であり、それに引き換えアメノのような科学者と調査船は無数に用意されている。そしてアメノ本人もそう思考しなければならないのが全体最適なのである。


- - -


 アメノが属するヒト型知的生命体を中心とした、銀河知性統合政府は科学進歩の絶頂にあって、同時に行き詰まってもいた。


 極度に発展したAIによりすべての科学技術は自動的に解析され、自動的に開発された。すべての既知の事象から割り出される発展可能性はすべて開発され尽くしてしまった。


 それは化学物理生物文化すべての面においてである。


 既知の事象を元にした発展は行き詰まった。これはつまり「未知の自然現象や物理法則、完全に別体系の知的生命体文化の調査」によってのみ、科学技術の進歩がもたらされるということになる。



 そして、統合政府には科学技術の進歩を必要とする理由があった。



 AIのバグと自滅主義者により仕込まれたコンピューターウイルスにより銀河規模に爆発的に広がった、全知的生命体の殲滅を呼号するAI反乱軍。

  

 一切の交渉や意思疎通が不可であり、侵略した惑星の代謝系を元素レベルで変換して死の星と化す珪素代謝生命群。


 そして科学の停滞や文明の危機に悲観し、大いなる一つの精神への同化を唱え、全知的生命体を道連れに自殺しようとする自滅主義テロリストたち。




  どの勢力も科学技術では決定的な差がなく、銀河規模の戦いはいつ終わるともなく続いている。どれに対して後れを取っても、銀河に広まった知的生命体は絶滅してしまうだろう。


- - -



 ………アメノは考えをまとめるためにちょこんと椅子に座り込むと、手に持った「中央推奨の精神安定剤」入りの混合健康飲料をクピクピと少しずつ飲んだ。


 頭がすっきりしてくる。気分が高揚してくる。



 そう! 何を心配することが有ろう!


 科学の進歩のためのデータ採取が科学者タイプクローンの使命ではないか!


 多少の犠牲を払ったとしても全銀河の知的生命体の運命に貢献できるのであり、


 「それはとても光栄なことではないか!」


 アメノは小さな片手を突き上げ斜め左上を向いて叫んでいた。それはまるで統合政府首都にくまなく敷き詰められた、未来への希望に満ちたポスターを彷彿とさせるものであった。

 


 精神安定剤の効果で、たいへん「落ち着いた」アメノは晴れやかな表情で中央データリンクに保管した遺書と送付先のチェックを行い、調査船を特異点に接近させていき……




 そして銀河トラック性ブラックホールが激烈な宇宙トラック波を照射。


 「ひゃあああ?!」


 ……宇宙船はトラックに跳ねられた。アメノの通信は途絶えた。



◆ ◇ ◆





 薄暗い森の中、抜き身のロングソードを携え、鎧の上に外套を羽織った長身の男が疲れ切った足取りで歩んでいた。


 時折何かを警戒するように周囲を見渡しながら、すっかり鉈代わりの扱いにも慣れた使い古したロングソードで草やツルを切り払いながら進んでいる。


   

 男の羽織る外套には華美な紋章が染め抜かれており、高貴な主君に仕える騎士であることを示していたのだが、


 「もう、洗う必要もないか……」

 

 騎士は胸から腹にかけてべっとりとついた泥や粘液、返り血を見て、苦笑した。


 紋章はドロドロに汚れており、これでは男が名誉ある騎士ウィルであるとは誰もわからないだろう。


 誇りで生きている騎士にとって自分の主君や身分は誇示したい、威張りたいものではある。しかし。


 主君は討ち死に、国は滅んだ。もう意味がない。



- - -



 それは、突如始まった。


 奇妙な疫病の流行と患者の大量死。そして死者が突然起き上がり人を襲い始めた。


 死者ゾンビに襲われ死んだものは次々にこの死者ゾンビの列に加わり、やがて手を付けようのない死者の大軍となってしまった。


 この死者ゾンビ病は複数の国の人口密集地で同時多発的に広まったため、諸侯の軍隊も手が回らず、軍隊ごと死者に取り込まれた例もでた。

 これにより大陸中央の平原地帯に栄えていた人間諸侯国が一気に飲み込まれてしまったのだ。



 ウィルの仕えた王国は小国であったため、初期の被害はそれほどでもなかったが、国王の必死の指揮の下で防衛に努め、難民の収容をするうち……

 

 東西南北から数百万の死者ゾンビが攻め寄せてきた。


 

 国王は騎士団や魔法使いを率いて奮戦したものの、数に押されて敗北。国王も討ち死にし、保護していた難民の群れに死者ゾンビが襲い掛かり、運命が決まった。



 ウィルも国王に従い戦い続けてきたが、敗戦の混乱で散り散りになり、気が付けば森に迷い込んでしまったのである。



- - -


 ウィルは、ちょうどいい岩を見つけたので座り込んで休息をとっていた。


 戦い抜いて疲れ果てた身体がずっしりと重く感じる。


 追手はない。どうも、死者ゾンビは森の奥には踏み込んでこないようだ。人間を追いかける習性があるようなので、人の居ない森の奥には興味がないのかもしれない。




 「だが、ここが安全なわけでもないんだよな……」


 ウィルは呟く。周囲を見渡してもどこまでも鬱蒼とした森の中である、冷たい岩の上に座っていると、薄暗くしっとりとした湿気と冷気が鎧の下に浸み込んでじわじわと身体が冷えていく。


 やはり森は人間の世界ではない。獣や魔獣、森人の世界である。



 このまま森から出られないなら、騎士も飢えるか、病に倒れるか、狩られるか……

 いずれにしても長くは生きられないだろう。


 死者ゾンビの危険はあっても、人の住めそうな場所を探さなくては。もう来た道も帰り道もわからないのだが、なんとなく出口に近そうな方向に歩くしかない。

 そうこうしていると、前方にほんのりと明るい光が見えた。

 

 「向こうは開けているのか……」 


 ウィルは一縷の期待をかけて光の差す方向に歩き出した。


 しばらく歩くと森が大きく開き、森の中に湖が姿を現した。湖の周りには適度な平地が広がっており、風通しもよさそうだ。


 「やった、平地がある、湖もあって……なんだあれ、船?」



 ……湖に何かある。見たことのない陶器か金属でできたような箱が浮かんでいた。湖に浮かんでいるから船……か??


 この奇妙な光景に目を奪われて放心していると、突然目の前に、身体に張り付いたような奇妙な服を着た少女が現れた。


 「おお、他にも生き残りがいたのか?! 無事か?!」



◆ ◇ ◆



 「##、############?! ###?!」

 

 目の前の背の高い男、が何か話しかけてくる。


 完全に未知の言語だ?! こういうことがあるなら遭難するのも悪いことではない。文化技術の貴重なサンプルになるかもしれない!

 銀河知性統合政府の科学者タイプクローン、アメノはワクワクして携帯端末を録音モードにして、男……騎士ウィルに差し出した。


 「はい!」

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