第2話 ルール
タケダという男は現場一筋の刑事だった。様々な事件で手柄を立てておきながら、その手柄はつくづく他人に譲った。別にキャリアアップなどどうでもいい。そして法やルールを破る人間にはなりたくないとも思っており、ルールをことごとく逸脱する悪人は見過ごせず、自分の手で捕まえたいのだ。そんな一昔前の熱血刑事に憧れていただけなのかもしれない。それゆえタケダは医者に止められているタバコもやめない。
そんな男だから、現場で死ぬことも怖くない。むしろ、それは喜ばしいことだとさえ思った。周りの人間は変わった男だと言うが、実際の手柄の数は多く、慕ってくる奴の方が多かった。新米のシライもその一人である。
タケダとシライは、ある一人の男を追っていた。銀行強盗および殺人の罪で今指名手配をされている凶悪犯だ。男は拳銃を所持し、車で逃走したのちに、車を乗り捨て湾岸付近のコンビナートに逃げ込んでいった。追っていたパトカーからいち早くタケダが降り、男を追った。不謹慎であるがタケダの顔はにやけていた。
「現在、午後10時、舞台は湾岸のコンビナート。そして拳銃を持った凶悪犯か。いいじゃないか。」
現場一筋のタケダのテンションを揚げる条件ばかりだった。自分でも脳内のドーパミンが激出していることが分かる。状況を一度整理したのちタケダはもう一度にやけた。
とうとう行き止まりまで来た。近々にある建物の光で湾岸の水面は輝いていた。その光を背に凶悪犯はこちらを見ている。心地よい息切れを感じながら、タケダは犯人に告げた。
「お前は完全に包囲されている。銃を捨てて投降しろ。」
ドラマの俳優のように決めて魅せた。タケダ自身今までの刑事人生の絶頂を感じる瞬間だった。
凶悪犯はニヤニヤしながら詰めよるタケダに恐怖を感じていた。今まで逃げてきた刑事とは違うタケダを眼前に、絶対捕まる未来が容易に想像できてしまったからだ。次の瞬間凶悪犯は混乱し、銃を乱射した。たった1発の弾だけがタケダの腹を貫通した。タケダはその場に倒れた。
銃の音を聞き、周囲を包囲していた警官が駆けつけ、男を無事逮捕した。そんな中、シライがタケダのもとに駆け寄った。シライは自分を可愛がってくれていたタケダを本当に尊敬しており、タケダと同じくルールを破る悪人の廃絶を目標に掲げていた。
「シライ…。今回のヤマお前の手柄にして…いいぞ…。」
かすれた声で言うタケダに、
「何を言ってるんですか!こんな時にまで!」
とシライが涙ながらに言った。シライは、救急車を呼ぼうとしたが、タケダがそれを止めた。
「もういい…。自分がくたばるのくらいわかるさ。」
タケダは先ほどの絶頂を超える最後の絶頂を感じていた。殉職後、後世に伝わる伝説的刑事になれたのだからだ。タケダはまたにやけながら、上着に入っていたタバコを取り出し、震える手で火をつけた。
次の瞬間、シライがタケダのタバコを勢いよく取りあげた。
「何をするんだ。」
タケダはシライを睨み付けた。人生最後の一本を邪魔するなんて、いくら可愛い後輩でも許せることではない。タケダは急いで、次のタバコに火をつけようとした。しかし、それも取り上げられ、今度は箱を足で踏みつぶされた。驚愕するタケダにシライは激しく物言った
「ここ、路上喫煙禁止区域です!」
タケダが指さしたところに路上喫煙禁止の看板があった。シライは続ける。
「ルールを破る者を許せないあなたが、ルール破るのか。」
その言葉にタケダは何も言えなかった。ルールを破る人にだけはなりたくないと本気で思いながら生きてきたタケダにとって、人生の最後の瞬間でルールを破るわけにはいかない。
「そうか、ルールか…。」
タケダはそう言い、目を閉じた。遠のく意識の中でタケダは、思った。
「しかし、喫煙者は年々上がる税金を非喫煙者より多く払っているのにどんどんと隅に追いやられている。数年前だったら心置きなく最後の一本を味わえただろうに。全くルールってのは、時代によって変わる決して万能なものではないんだな。」
兎にも角にも、タケダは人生最後に、人生初の禁煙に成功したのである。
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