第2話

 翌朝、お父さんの声で目が覚めた。

「おい、さっきからアラーム鳴ってるぞ、起きなくていいのか」

「あと五分だけ、大丈夫、寝ないから」

「まったく、子供はぐっすり眠れていいなあ、俺なんか、恭平より疲れてるはずなのに夜中に何度も起きるんだ」

お父さんはいつもこんな事を言っている。人間は歳を取る度、眠りにくくなっていくらしい。

 こういうたまに聞く大人の愚痴は、心を無にして肯定し、同情していれば良いということを、これまでの人生経験で心得ている。

 あと五分とは言ったものの、今日は朝から暖かい。起きて学校の支度をすることにした。同じ寝室に寝転がって欠伸を立てるお父さんを尻目に、恭平はリビングに出た。

 働き者のお母さんは、もう既に起きて料理をしていた。

「あら恭平、今日は早いじゃない。朝ご飯もうちょっと待ってね」

「学校の準備がまだだから、別に急いでる訳じゃないよ」

と言ったが、聞こえているのか分からない。流行りの曲を口ずさみながらお母さんの集中は既に台所に向けられていた。

 着替えと学校の支度が終わる頃には、姉の美咲も起きてきた。中学校の登校時刻は、小学校より少し遅いのが羨ましい。

 洗顔後、朝ご飯は白米と目玉焼き、ソーセージにケチャップをかけて食べる。いつも通りだ。

 側面が折れてきたランドセルを背負い、お母さんにいってきます、と声をかける。いってらっしゃい、の返事を待ってから玄関を出る。特に変わったことはない。その日も、いつも通りのはずだった。

 登校中、同じクラスの友人である洪喜に会った。

「よう恭平」

「おう、洪喜か、おはよう」

「宿題全部終わった?」

「昨日の夜なんとか終わらせたよ」

「まじかよ、すごいな」

「とは言っても、日記と漢字、算数ドリルを毎日出すなんて桐生先生、鬼だわ」

「うん、まったくだ」

彼は非常に気さくな性格の持ち主だ。学校に着くまでは二人、ゲームの話をして盛り上がった。

 学校に着いた時、時計を見ると登校時刻までには十五分程余裕があった。その間、恭平は同じく早く登校していた仲の良いクラスメート達と校庭で鬼ごっこをして遊んだ。

 その日の授業は全体的につまらなかった。姉の美咲からはよく、

「小学校の授業からつまらないなんて言ってたら中学校でやっていけない」

と言われるが、つまらないものはつまらないのだから仕方がない。歴史の授業なんかは特にそうだ。午前は、まるで流れ作業のように時が進んだ。

 昼休み。暇潰しのつもりで、校庭の片隅で開かれているクラスのドッチボールに参加した。恭平は特にスポーツをやっている訳ではないが、運動は得意な方なのだ。また、教室や図書室で一人座って読書をする柄ではない。

 午後はまるで集中力が持たなかった。今日は友達と遊ぶ約束がないから、家に帰ったら何をしようかとばかり考えていた。

 帰りのホームルームでは、桐生先生から隣町で不審者が出たようだから寄り道はせず、十分気を付けて帰宅するようにと連絡があった。そしてそれは、クラスの空気を不穏にさせた。

 ホームルームを終え、学校を出ると雨が降り出した。

「運が悪いな」

恭平はランドセルに入っていた折りたたみ傘を取り出した。朝より人が少ないから傘を差すのに抵抗はない。委員会やスポーツクラブなどで、放課後も学校に残る者が一定数いるからだ。恭平は一人で帰ることにした。

 恭平にとっては何の変哲もない一日だったはずなのに、ひどく疲れていた。帰宅後、自分の部屋に入ると敷かれていたカーペットの上で眠りについてしまった。

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