最後の記憶

キリンノツバサ

第1話

 僕が持つ少し変わった特徴は、一種の能力なのではないか。小学五年生の谷口恭平たにぐちきょうへいは寝る前、布団の中でそんなことを思った。

 その変わった特徴とは、教師や母親など、大人が発するある言葉に敏感であり、またそのことを何日経っても決して忘れないということにある。

 そのある言葉とは、「〜で最後」という、非常に単純なものだ。例えば最近であれば、

「小学生最後の学芸会です、しっかりと取り組みましょう」

これは一ヶ月程前、学芸会本番一週間前の担任の桐生きりゅう先生の言葉だ。恭平のいる小学校は二年に一度、全校で学芸会が行われることになっている。つまり全校生徒が小学生の間に計三回、学芸会を経験するのだ。恭平の代は小学五年生の学芸会が最後だった。

 それだけでなく、幼稚園最後の運動会や卒業式、さらに遡れば最後にお母さんにシャンプーをしてもらった時、最後に歯磨きを手伝ってもらった時など、それぞれ経験した中で最後の出来事は、必ず記憶に残る。最後に経験した事の一つ一つが付箋となって頭の中の掲示板に貼られていて、そのどれか一つに触れた瞬間、当時の世界に入り込むような感覚に陥るのだ。

 つまり、後になって再び経験した試しのないものは、誰が、いつ、どんな状況で、何を言ったのか、一字一句説明できる程まで鮮明に覚えている。また、そのことは恭平以外誰も知らない。誰に言ったとしても、

「記憶力がいいんだね」

としか返ってこない。

 もっとも、その不思議な能力が役に立ったことはない。周りの人達は時間と共に忘れていく中、自分だけがいつまでも深く覚えているというのは時に、自分を悲しくさせるのだ。また、人間は忘れるからこそ、思い出を愛することができるというのに。

−他人には無い性質なら、空を飛べたらよかったのにな−

恭平自身もこの能力については未だよく分からない。個性なんだと思って生きていこう、そう言い聞かせた。そして掛け布団を肩まで引き上げ、目を閉じた。

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