某年某国にて

「……無理だ。」


クリーム色の背広を着こんだ、大柄な男が答えた。


「大統領……ですが、ここのままでは……」


大柄の男、大統領に訴え掛けたのは強化カーボンと鋼鉄の身体をしたロボットだった。

彼の名はガンドール。お天気アナウンサー初期型自律AIとして製造された彼は、僅かな世界の変化に気付く事が出来た。


「このままではブリフント国際自然公園内のアラクス山が噴火するのですよ!!」


ブリフント国際自然公園には活火山が存在する。


「……君は何時から地質調査まで出来る様になったのだね?」


大統領は落ち着いた口調で問い返した。

その声には怒りも焦りもない。

だが、それは諦めているからではない。

この国の統治者としての責任を果たすべく、冷静であろうと努めているからだ。

そして、何よりもこの国を愛しているからだ。


「我等、セインパリンス共和国が憎き野蛮人共から独立を果たした日を覚えているかね?」


大統領は語り始めた。


「忘れもしない。私が八歳の時だった……そう……火曜日だ。」


大統領の瞳に宿る炎を見た時、ガンドールは悟った。


「アラクス山が噴火すれば先達が勝ち取った自由と誇りが灰になる……それだけは避けねばならない。」

「だったらどうして避難誘導すら行わぬのです!?」

「いい加減にシロ。お天気アナウンサー。オマエの役割はナンダ?ピーピー喚くことカ?」


独特の機械訛りを持つ女の声が室内へ入って来た。声の正体は人型でありながら右の首元に青く光るLEDランプ。第二世代型の自律AIである事を示していた。

彼女の名はマデリーン・ゴードソン。

ブリフント国際自然公園内に建設された気象観測ドームの管理責任者にして国際警察の一員である。

マデリーンは、その美しい顔立ちとは裏腹な荒々しい言葉遣いをしていた。


「大統領。一先ずカネ持ちのジジイ共はどかしたゼ。」


彼女は手に持っていたタブレット端末を大統領に差し出した。


「避難誘導が行えなかった理由はこれだ。資産家の馬鹿共が、我先に財産を持って逃げようとしていたのだ。」

「ハハハハ。まあ、アラクス山が噴火すれば火山灰は確実にこの国全体を覆うだろうナ。逃げる場所なんてねぇのにご苦労なコッタ。」


マデリーンは鼻で笑った。

彼女が言う通り、アラクス山の大爆発により噴煙が上空高く昇れば、大気中に含まれる微粒子が風に乗り、確実に国土全体を覆ってしまう。


「気象予想プログラムで演算した結果……今日の風向きは最悪だ……国外逃亡すら絶望的……」


ガンドールの頭部からシューッと音を立てながら冷却水が漏れ出す。

その時、部屋の入り口付近から一人の男が入って来た。

男は長身痩躯で白髪混じりの長い髪を後ろで束ねていた。表情からは生気が感じられず、まるで死人の様であった。

彼の名はアーサー・トゥエルヴ。背広の色は灰色。

セインパリンス共和国国防軍最高司令官であり、事実上の最高権力者である。


「噴火口にF4ABを設置しました。命令があればいつでも起爆可能です。」


抑揚のない声で淡々と話す男の言葉を聞き、大統領は僅かに口角を上げた。


「F4ABって……核爆弾じゃないですか!そんなものを使えば……」


ガンドールは驚き、慌てふためく。無理もない。

F4AB。正式名フォールトフォーアトミックボム。フォールトとはこの国の言葉で"継続的破壊兵器"を意味する。そして、4とは破壊規模の事を指し、尚且つ4が最大値である。


「国連でもランク4の兵器は廃棄するという法案が可決されています!」


ガンドールは必死に訴え掛ける。しかし、大統領は静かに首を横に振った。


「愛國とはそういうものだ。私はね、ガンドール君。愛する祖国の為ならば、例え悪魔に魂を売ってでも守るべきものがあると考えているんだよ。」


ガンドールは何も言えなくなってしまった。


「……我等は戦争利用する気も、脅しの道具に使う気もありませんよ。この国を守る為に必要となった……ただ、それだけの話です。」

「簡単に言えば山ごと消し飛ばすって事ダ。」


大統領は立ち上がり、窓際へと歩み寄った。


「……言ってしまえば、この星に対する最大の環境汚染テロだ。愛する国民達よ、恨んでくれて構わん。私は史上最悪の政治家として歴史に名を刻む事になるだろう。」


さて、ここからどの様な歴史を辿るのか……それは誰にも分からない。何故なら、事象は常に流動的であり、決して固定されるものではないからだ。

時の狭間、空に漂う雲の様に……

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